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26話 お友達

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「あの、そしたらフローリオ商会に話を通して……」
「駄目よ!」

 マイアがそう切り出すと、アビゲイルはそう言って言葉を遮った。

「レイモンドには知られたくないのよ……」
「はあ」
「男の人には知られたくないの! それも知り合いの!」
「あなたはレイモンドさんの知り合いなんですか?」

 マイアがそう聞くと、アビゲイルの顔が真っ赤になった。動揺のあまり視線をあちこちに泳がせて、くるりとカールした髪の先をしきりに弄りだした。

「そ、そうよね……そこからよね……」

 マイアはそんなアビゲイルを見て、どうも悪い人ではないようだと思った。

「あの、良かったらちょっとお茶でもしませんか? お受けするかどうかは別の話ですけど依頼内容を聞かせてもらえませんか。どうもこんな道端でする話でもないでしょうし」
「あ、あら……本当? そしたら私の家はどうかしら」
「かまいませんけど……」
「ではこちらへ。馬車が待っているので」

 アビゲイルが指し示した先には立派な馬車があった。マイアはアビゲイルに続いてその馬車に乗り込んだ。そして馬車は街の庁舎のほど近く、一等地にある大きな屋敷にたどり着いた。マイアは馬車を降りて、その白亜の館を見上げた。

「何してるの? こっちよ」
「あ、はい」

 マイアがアビゲイルについていくと、使用人達が彼女の帰りを出迎えた。

「お客様よ。お茶の用意を」

 どうやらこのアビゲイルは随分なお嬢様らしい。マイアは簡素なワンピースに魔法のマント、という格好がこの場にそぐわない感じがして身を縮めた。

「お客様、上着を」
「あ、結構です。これは魔道具なので」

 マイアはさっとマントを脱ぐと、小脇に抱えて応接間に入った。するとその様子をじっとみていたアビゲイルが口を開いた。

「魔術師が自分の魔道具を触らせないってのは本当なのね」
「……そうですね。習慣みたいなものです。元は自分の実力を相手に悟られないようにしたのが由来だとか。今では余り意味ないですけど」

 昔々、この国がいくつもの小国に別れ争いを繰り返していた頃、魔術師達は重要な戦力だった。これはその頃からのなごりだ。

「あなたが確かに魔術師なのは分かったわ。マイア」

 アビゲイルはそう言ってマイアに着席を促した。やがてお茶とお菓子が運ばれてくると、アビゲイルは使用人に外に出ているように命じた。

「……さ、ではお話しましょうか」
「はい」
「うちは銀行を経営しているの。父様は私に甘いから費用の事は心配しないでいいわ」
「はい……あのそれで依頼の内容は? どうしてレイモンドさんには秘密にしたいんです?」

 マイアがそうアビゲイルに聞くと、彼女はまた顔を真っ赤に染めた。

「あのー……その……」

 さっきまでのハキハキした言動はなりをひそめて、手をもじもじとしながらマイアを見つめてくる。

「あなたが猫の気持ちを聞く魔道具を作ったって聞いたの。それで……人の気持ちを聞く魔道具を作れないかって」
「人の気持ち、ですか」
「どう? 金額ははずむわよ」
「それは出来ませんね」

 マイアは首を振った。アビゲイルはあからさまに落胆した顔をした。

「え、出来ないの? どうして」
「まずですね、魔術師が人里で暮らすに当たっての禁忌にあたります。いたずらに人を害する事、盗みをする事、そして人の心をあからさまにする事……」

 例えば戦争があって兵士として働く場合とか、裁判所で証言を裏付けるためとか例外はあるが現代では国が社会の混乱を起こさないためにそう定めているのだ。マイアもアシュレイから魔術を教わる前にまずそれを習った。

「あと、猫の場合は気持ちを発しているのを人間に分かりやすいようにしただけなので」
「そうなの……」

 それを聞いたアビゲイルは肩を落とした。

「あの、どうして人の気持ちが知りたいと思ったんですか?」
「それは……その……好きな人がいるからよ……」
「好きな、ひと」

 マイアはここでようやくアビゲイルがさっきから何か口にする度、顔を赤らめている理由が分かった。

「その人が私をどう思っているのか知りたいと思ったの」
「それって、もしかしてレイモンドさんですか?」

 マイアは真実を掴んだとばかりにアビゲイルに自信満々で聞いた。……すると彼女は、バンとテーブルを叩いた。

「違うわ! レイモンドはただの幼馴染み! 私が好きなのはレミントン男爵の次男トレヴァーさんよ」

 アビゲイルは一気にそうまくし立てるとハッとしてソファーに座りこんだ。そして顔を両手で覆い、うつむいた。

「……誰にも言わないで」
「も、もちろんです」

 マイアはアビゲイルの懇願にこくこくと出来の悪いゴーレムみたいに頷いた。

「はあ、私……馬鹿みたい」

 アビゲイルは少し落ち着きを取り戻して、お茶を一口飲んだ。

「ごめんなさい、力になれなくて」
「いいのよ。仕方ないわ。まぁどっちにしろあなたとはお近づきになりたかったし……」
「私と……?」
「『ランブレイユの森のマイア』。近頃、変わった魔道具を作る評判の魔術師さんとね」

 マイアはアビゲイルから正式な魔術師の名を呼ばれて思わず背筋が伸びた。魔術師は出身や所縁の場所を姓のようにして名乗る。

「はじめてそう呼ばれました」
「そうなの? でも今後いろんな所でそう呼ばれるわ。きっとあなたが社交界に呼ばれるのも遠くないと思うのよ」
「しゃ、社交界……!?」

 マイアはその言葉に度肝を抜かれた。

「そんな所に行っても私どうしたらいいか……」
「大丈夫よ、その時は私がついててあげるから。そりゃレイモンドも気を配るでしょうけど男の人では行き届かないところもあるでしょうから」
「は、はあ……」

 今度はマイアは目を白黒とさせる番だった。慌てふためくマイアを見てさらにアビゲイルは己を取り戻したのか、ゆったりと微笑んでこう言った。

「いい機会だわ。私達、お友達になりましょう?」
「お……お友達ですか」

 こうしてマイアは思いがけない形で女友達を得ることになったのだった。
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