マイアの魔道具工房~家から追い出されそうになった新米魔道具師ですが私はお師匠様とこのまま一緒に暮らしたい!~

高井うしお

文字の大きさ
上 下
15 / 55

15話 目覚まし時計

しおりを挟む
 翌朝、マイアは家事を終えると机の上の時計を前に腕まくりをした。慎重に小さなねじ回しを使って盤面を開けることに成功した。

「アシュレイさんなら『分解』の魔法であっという間にできるんだろうけど……」

 そこをマイアはアシュレイに頼るのは嫌だった。

「ここに魔法陣その一を置いて、針の方にその二を置いて……」

 マイアが作ろうとしている時計は、定められた時間になると部屋に風が吹きまくる、というものだった。

「あとは魔石と繋げて動作確認!」

 マイアは目覚まし時計を作る事に成功した。魔法陣と魔法陣を組み合わせるのは筆記具の時に出来たし、魔法陣自体の小型化はキャロルのヘアアクセサリーの時に経験した。

「ようやっと手慣れてきたかなー」

 マイアは翌日も魔道具作りに取り組んで、何度も動かして風量の調整などをした。

「よし、できました!」

 とうとう完成した目覚ましの魔道具。それを持ってマイアは街に向かった。徒歩だと間に合いそうにないので魔法のマントを使って待ち合わせ場所へと急ぐ。

「はあ……はあ……お待たせしました……」

 息をなんとか整えながらマイアが店に入ると、窓際の席にディックが座っているのが見えた。

「出来ましたよ、絶対に目が覚める時計が!」
「あ、ああ……」

 マイアは自信満々で鞄から時計を取り出した……のだが、ディックの顔色はどうも冴えない。

「……どうしました?」
「あ、あのー。女房が帰ってきてしまって……」
「はあ……」
「その、なんていうかもう時計はいらないかなと……」
「そ、そうですか」

 マイアはがっかりしてしまった。代金がとれそうに無い事よりも、折角作ったのに喜んで貰えそうに無い事が悲しかった。

「ひ、必要ないのならしかたありませんね」

 マイアは目の前の時計をどうしようかと考えた。魔石を取り外すのは簡単だけれど、中の魔法陣をいじるのはここでは無理だ。

「一度持って帰って……」

 マイアがそう言いかけた時だった。マイアの向かい側から、ずんずんと近づいて来た女の人がディックの頭をひっぱたいた。

「あ、痛ぁ!」
「なーにやってんだいあんたは!」
「エミリー……」

 恰幅の良いその女性はマイアを見てにこっと笑った。

「すいませんね。うちの旦那が」
「あ、いえ……」

 マイアは勢いに押された。そのエミリーと呼ばれた女性はディックの奥さんらしかった。

「あんたね、こんな所で若いお嬢さんとなにしてるんだい?」
「それは……その……この人は職人さんで、目覚ましの時計を作って貰っていて……」
「ほおん?」
「で、でもお前が帰ってきたから断ったから! み、店の改装資金は無事だから!」
「ふーん……」

 エミリーの目がマイアを捉えた。マイアはなんとも居心地の悪い思いをした。

「その時計にいくらかかるんだい?」
「ゲルト金貨で七枚です」
「そうかい……」

 エミリーは金額を聞いて頷くと、また旦那のディックの頭をはたいた。

「あんた! あたしが出て行った理由がまだわかんないのかい! あたしは毎朝あんたを起こすのにうんざりしたんだよ」
「エ、エミリー……!」
「お嬢さん、この時計は貰っていくよ。もちろん代金も払います」
「大丈夫ですか? 無理しないでも」

 マイアが思わずそう言うと、エミリーは腰に手をあててカカカ、と笑った。

「この人を起こさないでいいなら金貨七枚も安い安い! 大丈夫、しっかり早起きさせてその分稼いでもらうから」
「エミリー! もう恥ずかしいからやめてくれ!」

 ディックが悲鳴をあげ、鞄から金貨の入った袋を出した。

「あ、では……いただきます。ここの針を起きたい時間に合わせると風が顔にぶつかってくる仕組みです。調整が必要な時は……フローリオ商会のレイモンドさんに連絡してください」
「はい……わかりました」

 ディックは半泣きで、エミリーは時計を見て微笑み、それを持って去っていった。

「ふう……」

 ――一応、魔道具は売れた。だけどマイアは釈然としない気持ちが残った。空の鞄をぶら下げて店を出る。その足は自然とフローリオ商会の方に向かっていた。

「あ、マイアさん!」
「こんにちは」

 窓越しに中を窺っていたマイアをレイモンドはさっそく見つけて駆け寄った。

「どうしました?」
「あー……ちょっと近くに寄ったので」
「お買い物ですか」
「ああ、はい」
「ではまたランチを一緒に!」

 マイアはレイモンドの屈託の無い笑顔を見て少しホッとした。

「うーん、どこに行こう……そうですね少し歩きますけど安くて美味しいレストランがあります。そこにしよう」
「レイモンドさんは色んなお店を知ってるんですね」
「あはは……食べ歩きは趣味でして……」

 レイモンドは手にしていた書類を机に置くと、マイアをつれて歩き出した。そして昼時で賑やかな料理店に入るとお昼の日替わりコースを頼んだ。

「ここの前菜のきのこのマリネサラダが美味しいんですよ」
「こないだも街に来たんですが、私……どのお店に入ればいいのかわからなくて結局適当に入ってしまいました」
「そっかぁ。ティオールの街のグルメガイドを作ったらマイアさんに売れますかね」
「他に欲しい人もいると思いますよ?」

 マイアはレイモンドと話していくうちに胸のもやもやが晴れていくのを感じた。レイモンドが絶賛するきのこのサラダは美味しかったし、日替わりの主菜のステーキもソースの味付けが絶品だった。お腹が満たされたマイアは食後のお茶を飲みながら、レイモンドに切り出した。

「実は……今日は買い物に来たんじゃないんです」
「あ、そうなんですか?」
「ええ、実は……」

 マイアはレイモンドに目覚まし時計を作る事になった経緯とそれが買い取られるまでを話した。

「マイアさん……僕に相談してくれればよかったのに……」
「すみません。レイモンドさん抜きでやれるか確かめたくて」
「いやいや、僕らはパートナーじゃないですか。マイアさんは作る人。僕は売る人」
「そうですね……」

 マイアは俯いた。そしてレイモンドがそう言ってくれる事にほっとしながら胸の内を吐露した。

「結局時計は売れたんですけど、なにかモヤモヤしてしまって」
「そうですねー。それは、顧客の本当の願いとは違かったからかもしれませんね」
「本当の願い?」
「はい。そのディックさんの本当の願いは『朝起きたい』ではなくて『奥さんに帰って来て欲しい』ってことだったんじゃないかなぁ」
「はあ……」

 エミリーはずいぶんとディックを尻に敷いているように見えたが、そう言えば女房に出ていかれたと話した時のディックさんはとても寂しそうだった。

「ま、小さなボタンの掛け違いですね」
「難しいですね……」
「そういう事が起こらないようにフローリオ商会は……というか僕はマイアさんを支援しますよ。それが商売の仲間ってもんです。頼ってください。こちらもマイアさんを頼りにしてますから」
「あ、ありがとうございます」

 マイアは照れて頬が熱くなるのを感じた。そんな彼女を見ながらレイモンドはにこっと微笑むとマイアにこう言った。

「で、早速頼りたいのですが……その目覚ましの時計、もう一つ作れませんか?」
「え、出来ますけど……」

 風の魔石はまだ在庫がある。マイアが頷くとレイモンドはそれを聞いてにっと笑った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

パピヨン

田原更
ファンタジー
宙に浮く上層、平地にある中層、地下にある下層の三層構造の都市トリタヴォーラ。 中層の五番通りで暮らすフルールは、亡き父のあとを継いだアクセサリー職人だ。 周囲の人々は、みな、親切で温かかった。悩みの種は、酒に溺れる叔父さんくらいだ。 ある日、フルールは幼なじみのエディが働く酒場に届け物に行く。そこで、フルールは美しい蝶を見かける。 蝶は、トリタヴォーラでは神聖視される生き物だ。月の出ない夜、蝶は鱗粉の代わりに宝石を降らせる。その宝石には魔力が宿り、人々に魔法を授けるのだ。 宝石の恩恵にあずかるのは、上層に暮らす裕福な人々だけだった。魔法を使えるのも、上層の人々だけ。フルールたち中層の人々は、宝石を見ることさえ、ほとんどない。 蝶を見かけた直後、フルールは、上層から宝石が降ってくるのを目撃した。フルールは、宝石の持ち主に語りかける。 持ち主は、この宝石は魔力の宿っていないごみだと語るが、宝石の純粋な美しさに感動したフルールにとって、それはまさしく宝だった……。 フルールは宝石を手に入れ、新しいアクセサリーを世に生み出す。フルールのアクセサリー作りは、この都市トリタヴォーラを揺るがす事件へと、彼女を巻き込んでいくが……。 アクセサリー作りを愛するフルールの、成功と挫折のファンタジー。 姉妹編として『烙印』という作品がありますが、まずは本作から読むことをお勧めします。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/799357671/458930825

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...