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「食事だ」

 しばらくすると、またあの男がやってきた。コップに入ったお茶とサンドイッチを床に置くとそのまま退室しようとする。

「ちょっと、これじゃ食えない」
「……お上品なことだ」

 男は至極面倒そうな顔をしてランの腕の縄を解いた。

「ルゥ、ちゃんと食べようね」
「……嫌」
「元気がなくなっちゃうよ」

 ランはむずがるルゥになんとか言い聞かせながら食事をさせた。

「ん、よしいい子」
「ママ」
「何?」
「おしっこ」

 みるとルゥはもじもじしている。ランは慌てて見張っていた男を振り返った。

「……あの」
「……そこの隅に」

 男にそう言われてみると、バケツが置いてあった。

「ルゥ、そこでしな」
「うん」

 ルゥのお漏らしの危機を脱すると、ランはやっかいなことに今度は自分もしたくなった。

「すみませんオレも……手の縄を外して」

 男はランを引き摺ってバケツのそばに立たせると、拘束した手を前に縛り直した。

「ほら、しろ」
「……くそっ」

 悪趣味なことに男は監視をやめる気はないらしい。その屈辱でランの顔は歪んだ。

「……ようやくいい顔になってきた」

 男はそんなランを見て、満足そうにしている。
 こんな男のいいなりになるしかないなんて、とランは悔しくてたまらなかった。

「向こうの色よい返事を待つことだな」

 男はそう捨て台詞を残して去っていった。

「いつまでもここに居るわけにはいかない……」

 見張りがいなくなり、ランはどうにかここから出られないか考えはじめた。ランだけならまだいい。ここにはルゥもいるのだ。
 あの男達が無事に帰してくれるのか、確証もない。

「ママ、さむい」
「うん、ママにくっついて」

 こんな風に縛られていては、ルゥを抱きしめてやることも出来ない。
 ここは隙間風も酷くて、夜風が冷たく吹き込んでくる。

「……ん? 隙間風?」

 ランはそのことに気が付いて身を起こした。どこかから風が入り込んでくるなら、その穴が空いているはずだ。

 ランが五感を研ぎ澄ませて風の入り口を探ると、朽ちた木箱の後ろの壁が崩れているのを発見した。

「ここ……、ここから出られるか……?」

 ランは漆喰の壁と中の木材をつま先で剥がそうとした。
 すると存外に大きな音がして、ビクリとしてしまう。

「バレないように……少しずつ……」

 ランは根気強くそこを足でひっかき続けた。
 どれぐらい時間が経っただろうか、窓も塞いであってよくわからないが、明け方の鳥の鳴き声がする。

「これぐらい空けば……」

 そこは先程よりも大きく空いていた。この大きさなら外に出られる。ただし……ルゥだけ。

「ルゥ」

 ランは眠っていたルゥに声をかけた。

「なに、ママ」
「あのな、ここから外に出てパパにお迎えに来てくれるように頼んで欲しいんだ」
「ママは?」
「ママは行けない、ルゥひとりでいけるか?」

 ルゥはじっとランの顔を見つめた。そして元気よく頷く。

「うん、できるよ」
「よし、いい子だ」

 ランは身を引きちぎられそうな思いで、ルゥを穴から外に出した。

「ママ、まってて」
「うん! 頼りにしてるよ」

 精一杯の笑顔をルゥに向けると、ルゥはしっかりした足取りで歩いていった。

「これで、ルゥだけでも助かる……」

 ほっとした直後、すぐに不安が襲ってくる。ルゥが途中でまた奴らに捕まったら。もしくはどこかで事故にあったりしたら。

「ふっ……くっ……」

 ルゥがいたことで張り詰めていた気持ちが揺るんで、ランは涙を流した。

「大丈夫、あの子はしっかりしてるから」

 自分にそう言い聞かせ、ランは唇を噛みしめた。
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