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しおりを挟む「ああ、行きたくない」
「そんな訳にはいかないでしょ」
レクスは目ざめてからずっとこんな調子だ。今もロランドに着替えを手伝わせながらブツブツ言っている。
「レクス様、公務はしっかりと勤めていただきませんと」
ロランドもそう苦言を呈する。
「かわいい妻と子供を置いて出かけたくない」
「バカ言ってんじゃないって」
ランはまるで駄々っ子のようなレクスの様子に半ば呆れながらも思わず笑ってしまった。
「……ん、ランが笑っててくれて嬉しい」
「オレ、そんな笑ってなかった?」
「ああ。いつも仏頂面で、俺はどれだけ嫌われてるかと思ったよ」
「え……ごめん……」
ランはレクスが嫌いな訳ではないのだ。ただ、いろんなことがありすぎて素直になれないだけで。
「ラン、俺はランとルゥを絶対幸せにするから」
「……急に何?」
「昨晩みたいな周りの騒音は聞かなくていいって言ってる」
「レクス……」
「どうか俺を信じて」
レクスはそう言ってランの額にキスをして部屋を出て行った。
「信じて……か」
はっきりとレクスがそう言ってくれたのはこれが初めてな気がする。
ランはレクスに口づけられた額を撫でながら、考え込んでいた。
「ママ、へんなかお」
「あっ、ごめん」
またしかめ面をしていたようだ。ルゥに指摘されてランは頬をつねった。
「信じるしかない……かも」
ランはそう呟いた。傷つきたくなくて臆病でかたくなだったランの心。それがレクスの言葉で溶けていくのを感じた。
「バカ……早く言えって……」
ランは思わず泣きそうになって上を向いた。そんなランを、ルゥは不思議そうに見ている。
「ママ、かなしいの?」
「ちがうよ……うれしいんだ」
「うれしいの?」
「うん。ルゥ、人は嬉しくても泣くんだよ」
ランがそう言うと、ルゥはきょとんとした顔をしていた。
「……そのうちわかるよ」
ランはそう言ってルゥの頭を撫でた。
「お庭に行こうか」
「うん!」
まだルゥには難しいことを言ってしまったかな、とランはルゥを中庭に誘った。
そうしてゆったりと一日は過ぎていった。
「ただいま、ふたりとも」
レクスは夕方になって帰ってきた。
「お仕事ご苦労さん」
「うん」
「どうだった?」
「えっ」
ランがそう聞くと、レクスは一瞬固まった。
「……なんだよ。聞いちゃいけなかった?」
ランもなんだか柄にもないことをしているという自覚はある。今までレクスが昼間どうしてるかなんて聞かなかったのだから。
「いや、そんなことない」
それでもレクスは嬉しそうに微笑んだ。
「今日は知らないやつと謁見をいくつもして退屈だった。でも、いいこともあった」
「へー、何?」
「ランは家庭教師だった建築学者を覚えてるかな。彼に俺の設計図を褒められた」
「そうか……良かったね」
「ああ。実物を作れたらいいんだけどな」
レクスの得意気な表情はルゥに良く似ていて、ランは思わず噴き出してしまった。
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