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「おや? そこに誰かいるのか」

 そう呼びかける声に、ランはハッと顔を上げた。

(まずい……内容がどうあれ立ち聞きとか良くないよな)

 ランは顔を見られないようにじりじりと後ずさりして、その場を離れようとした。

「何か匂いが……」
「おい!」

 しかしその噂話の主はランの姿を見つけて追いかけてきた。がっと手首を掴まれて、ランは転びそうになった。

「……何している……おや」
「どうしたんだ」
「こんなところに妃殿下だ」

 その声は笑いを含んでいて、ランに対する敬意など微塵も感じられない。

「ごきげんよう、オメガの姫君」
「くっ」

 ギリギリと強く掴まれたままの手を、ランは振り払おうとしたが相手の力は強くびくともしない。
 するともう一方の男が、ランの首元に顔を寄せる。

「これがオメガか……」
「ああ、お前は初めてか? いい匂いだろう。娼館ではこの匂いをぷんぷんさせて客を誘うんだぜ」
「なるほど。アルファを堕落させるというのは頷ける」

 匂い、と言われてランは体を強ばらせた。まだ発情ヒートには少し日にちがあったはずなのに……もしかすると過度な緊張などのせいかもしれない。

「放せ……!」

 ランは男達を睨み付けたが、それは彼らを楽しませるだけだった。ニヤリと笑った男に羽交い締めにされ、ランは壁に押しつけられた。

「はぁ、くらくらする……たまらんな」
「どれ、王太子殿下が夢中の果実を少々味わうとするか?」

 背後から恐ろしい言葉をぶつけられて、ランは背筋がぞっとするのを感じた。

「やめろっ……」

 もがくランをあざ笑うかのように、男の手が太ももを撫でさすった。

「怪我をしたくなければ大人しくしろ」
「ははは、首輪チョーカーをしてきたのは懸命だったねぇ」

 下卑た笑いとともに、酒臭い荒い息をはきかけられる。ランはなんとか男達を振り払おうと無茶苦茶に暴れた。

「大人しくしろと言ったろう」

 そんなランに向かって、男は拳を振り上げた。殴られる――とランがぎゅっと目をつぶった時である。

「何をしている!」

 怒りに満ちた大声がその場を揺らした。そこには憤怒に顔を真っ赤にしたレクスが立っている。

「王太子殿下……」

 男達に動揺が走り、ランを抑え付けていた力が揺るんだ。その隙にランは男達の元から脱げだし、レクスにしがみついた。

「何をしていると聞いている」
「いや……その……少し話を」
「消えろ!」
「はい!」

 男達はレクスに怒鳴りつけられると、慌ててばつが悪そうに立ち去っていった。

「……レクス」

 ランはまだぞわぞわと気持ちの悪さを感じて、レクスに抱きついた。

「大丈夫か」
「うん、レクスが来てくれたから……」

 そう答えると、レクスはランを抱きしめた。小柄なランはレクスの腕の中にすっぽりと収まってしまう。

「あの……ちょっと発情ヒートが始まっちゃったみたいで」
「他の男の匂いがする」

 レクスはランを強く抱きしめながら、まるで上書きをするようにランの首元に顔を埋めた。

「心配した」
「ごめん……」

 レクスがランを上に向かせ、そして唇にキスを落とした。

「ごめんね……」

 ランはレクスのキスを受け入れながら、その逞しい胸に身を預けた。



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