讐炎の契約者

ひやま

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【第四話】災前

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「...おはようございます。」

 俺はそう言ってすぐ近くのタイムカードを切る。前回の終業時刻が昨日、というか今日の午前2時と記されたえげつない勤務時間を尻目に。ここは対異形警察哨戒特化五課の事務室だ。事務所には既に一人、俺の上司が出勤している。

「はい、おはよう、って!荒牧くん!?」

 新聞を読んでいた中年の男性がこちらを驚いた様子で見る。この人は、この異警察哨戒特化五課の課長「沢渡さわたりハジメ」。この人が驚いているのは、言わずもがな昨日のことがあったからだ。

「課長、おはようございます。」
「いやいやいや、おはようじゃなくて、なんで来てんの?昨日の残業時間わかってる?大丈夫?」

 残業時間は数えたくなかったし、確かに帰ってから1時間寝たかどうかくらいだ。アカリさんに「次の任務終わったら結婚しましょう」というなんとも死亡フラグめいたプロポーズをした後、帰宅した。アカリさんは休むか午後出勤になるだろう。
 俺はと言うと、出勤した。なぜだか何もしていないと落ち着かず、休むもクソも無くなるからだ。だが、まあまあ体力は消耗している。今日は事務作業を程々にさせてもらって、早く帰るとしよう。

「おっはようございまー...って、シュウくん!?」
「え今日午後からじゃないんすか?!」
「流石の仕事厨っぷりだねえ。」

 事務室のドアが開くと、そこには3人の同僚が。いずれも狐につまれたような顔をして俺の方を見ている。みんな俺が出勤したのがそんなにおかしいのだろうか。異警官の残業やら勤務時間なんて伸びてなんぼだろう。

 さて、今到着したのは順番に、座敷童の異人「座敷木ざしきぎマキ」先輩、ゾンビの異人「墓守はかもりルイ」先輩。そして、この課の最大戦力である「音義おとぎサイカ」先輩だ。かなり癖が強い人たちだが、その能力、実力は本物だ。

「なーんで来てんのシュウくん!ちゃんと休まないと体壊すよ?」
「俺は大丈夫ですから、お気になさらず」
「気にするよ!そんなんじゃハピぺろりんになれないぞ!」

 座敷木先輩は座敷童の異人。座敷童はその家に幸福をもたらす、と言う伝承があるが、彼女の持つ力は「幸福」だ。具体的に言ってしまえば、彼女は周囲の人間に幸福感を与えることができたり、そこそこ体力を消費する代わりに、外傷やウイルスなどによる病気の進行を治癒することができる。この課唯一の回復役だ。ハピぺろりんとは、彼女の作り出した謎の呪文で、彼女に幸福感を与えられた者は必ず口にするフレーズだ。

「シュウスケくん、本当仕事好きっすね....。無理するとゾンビになっちゃいますよ?」
「墓守先輩が言うと冗談じゃなくなくなりますよ。」

 墓守先輩はゾンビの異人である。この先輩はこんなに穏やかな感じではあるが、この課のパワー担当だ。ゾンビさながらのしぶとさ...タフさと、毒や外傷などによるデバフの無効、更にはゾンビにあるまじき俊敏さと知能の高さで、かなり頼れる存在となっている。

「シュウスケ、そんな頑張っている君にこのガムをやろう。スッキリするぞ。」
「ああ、ありがとうございます。…、痛った。」
「あっははは!やっぱりお前疲れてるよ。普段ならこんなの引っかからないじゃないか。」

 音義先輩から渡されたガムは、引くとネズミ取りのように指に針金が振り下ろされるドッキリアイテムだった。こういう冗談が多いのが、この人のいいところでもあり、欠点でもあるかもしれない。音義先輩はこの五課の初期メンバーの一人であり、この課の最強戦力だ。先輩は元四課出身であり、五課設立時に引き抜かれたのだが、その圧倒的フィジカル、戦闘センス、武器や装備の扱いにおいては異警察の中でも間違いなく上位に入る実力者だ。任務においてはこの人が出れば心配事は無くなるが、その持ち前の性格のせいで扱いが難しい。普通の任務ではまず出向くことは無い。だが、昨日の上位体出現によりやる気は増しているだろうから、今なら協力してくれるかもしれない。

「先輩、頼みますよ。」
「何を?」
「いえすいません、忘れてください。」
 
 寝ぼけ頭のせいで、よくわからないセリフを口走ってしまった。一気に顔が熱を帯びるのがわかる。

「やっぱお前、疲れてるよ。じゃ、もう一回このガムで刺激して起こしてやろうなあ!」



「課長、鴉麻からすまさんと葉山はやまはどうしたっすか?」
「鴉麻くんは例の上位体調査、葉山さんは別件だ。庶務課との捜査だったかな?」
「ねぇ~スズちゃんは?」
「んーもう来るはずですが…、ってか絶対音義先輩パシるつもりでしょ。やめなさいよー、後輩いじめるの。」
「いいじゃんスズちゃん可愛いんだから。じゃあマッキーパシっていい?」
「それは嫌です。スズちゃんに言ってください。」
「どっちも人で無しっす…。」

 そんな会話をしていると、外からドタドタという足音がする。そして、勢いよくドアが開く。
「…おっ、おはようございます!」

 随分と息を切らしながら入ってきたのは、俺の唯一の後輩「鳳鴻おおとりスズ」である。彼女が急いできた理由は、始業時間ギリギリであることだろう。しかし、彼女はいつも俺の次くらいに出勤しており、かなり早く職場に着くはずなのだが、今日はやけに遅い。その理由は、腕の中に抱えたものだろう。

「はあ…、はあ…、ごめんなさい、遅れました…。」
「いやいや、まだ始業時間前だからセーフだよ。それにしてもそれ…。」

 そう課長が言うと、彼女は腕の中に抱えた一羽の雀を皆に見せた。

「おお、これまた可愛い雀ですこと。」
「また怪我でもしてたんすか?」
「そうなんです…、出勤中に見つけてしまって…。そこで…、座敷木先輩…。いつものお願いしてもいいですか…?」
「おっけー。ちなみに、報酬はランチ奢りで!気になるイタリアンがあるんだよねえ。」
「…うぅ、ありがとうございます…。」

 嬉しいのか、悲しいのかわからない声で鳳鴻は答える。
 彼女は”もの”に宿るとされる神「付喪神」と呼ばれる異人の一人である。彼女はその中でも、小動物に関する付喪神であるらしいが、詳しいことは本人にすらわからないらしい。彼女は小動物と会話、協調、使役をすることができ、この課の中でも優秀な情報収集の担い手である。しかし、その性格ゆえ先輩にはこき使われえおり、少し大変そうだ。

 鳳鴻が雀をそっと外に逃すと、課長が皆に改まった感じで言う。
 
「さて、今日もぼちぼち気張っていこうか。諸君も知っての通り先日、強力な上位体の異形が出現した。更に、その足取りはまだ掴めずにいる。だが、それだけでなくこの混乱に乗じた異形にも警戒を払わねばならない。とにかく、任務に出る者は用心するように。」

「「「はい」」」

 先輩方は早速扉を出てそれぞれの任務に向かう。課長も言っての通り、現在異警察は厳戒態勢であり今日の仕事はそのほとんどが例の上位体関連だろう。かなりの敏捷性、パワー、更には分身体を作り、操るほどの知能を持っている。下手をすれば、20年前の悲劇を超える事態になるかもしれない。先輩方はあんな感じだが、今日誰が死んでもおかしくない事態だ。俺も余力があればいいものだが、今日はこの署に残っていなければならない理由がある。それは、

 その時、机の上の電話が鳴る。来たか、と思う間も無く俺は受話器を取る。

「はい、こちら哨戒特化五課、荒牧です。」
『私だ。署長室まで頼む。』
「…承知しました。」

 ガチャ、と言う音とともに音声は切れ、電子音に切り替わる。

「どうしたの?荒牧くん。」
「どこか入り用ですか?もし雑用とかでしたら私が…。」

 心配した様子の課長と居残りの鳳鴻が言う。

「いえ、大丈夫です。ちょっと出てきます。」

 俺は立ち上がり、ジャケットを羽織る。


「行くってどこへ?」
 


「署長と話をしてきます。」
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