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追いかけっこ
しおりを挟む暗い廊下を全速力で駆け抜ける。
見慣れているはずの校舎がやけに無機質に見え、恐怖で更に乱れる鼓動を無理矢理押さえつけながら、ただひたすらに足を動かした。
捕まるわけにはいかない。
追いかけてくる足音が段々近づいている気がして、限界を訴える足を叱咤して走る。暗闇の中、息を切らせて玄関へ。建物から出てしまえばきっと、きっと大丈夫なのだと自分に言い聞かせた。
そんなわけがない、と冷静な自分が囁いてくるけれど、かぶりを振って追い払う。
「……っ、はっ、くそ……ッ!」
うっすら浮かんでくる涙を拭う気力もなかった。ぐちゃぐちゃの頭の中、真っ直ぐにこちらを射抜く強い瞳と掠れた声が否応にも再生される。
『好きだ』
逃げるな、と。言われたから逃げている。
捕まるわけにはいかないのだ、絶対に。
だって、抱き寄せられでもしたら、自分は何も抵抗もできなくなってしまう。それが簡単にわかってしまうからこそ、腹立たしくて仕方なかった。
「……っの、待てって!!」
すぐ近くで聞こえた声に、心臓が大きく鳴いた。途端に湧き上がってくる感情を必死で押さえつけながら、階段を駆け下りる。触れそうなほど近い距離まで彼は来ていて、それでも何とか逃れようと足を動かした。
迫る荒い息遣いと大きな足音。
掴まれた腕。
「逃げんな、兄貴……ッ!!」
引き寄せられて見つめられたら、もう息もできない。力いっぱい抱き締めてくる弟に、抵抗すらできなかった。
「……っ、だって、どうすんだよこんな……!」
目を合わせることができなくて弟の胸元に顔を埋めれば、そっと背中に腕を回される。ぽんぽん、と軽くあやす様に叩かれ、涙が溢れ出た。
「仕方ないだろ、好きなんだ」
「お、れは。好きじゃない!」
「もう騙されないからな、そんな下手な嘘」
髪の毛に口づけられ思わず顔を上げれば、それを狙っていたかのように両手で頬を挟まれた。長い指でこちらの耳を撫でながら、ゆっくりと額を合わせてくる。
馬鹿みたいに、心臓がうるさい。
せめて視線を外したいのに、これ以上ないくらいの優しい笑顔がそれを許してはくれなかった。
「好き」
「おれは、お前の兄で、」
「好きだ」
「……だから、おれは」
「好きなんだ」
「…………」
「何があろうと、絶対、放してやんねぇ」
真摯な瞳の奥に、決して消えそうにない炎が宿っている。その熱を認めた途端、体中の力が抜けた。
逃げられない。逃げたくない。
──捕まりたい。
獲物が自らその身を差し出すなんて馬鹿なこと、きっと狂ってないとできないことだ。捕まって囚われて、相手に全てを飲み込まれる。それを、自分から進んで望むだなんて、あまりにも馬鹿げてる。
弟に恋をした。
もうそれだけで、十分に狂っているのだけれど。
食べられてしまいそうなほど激しいキスを受け入れながら、誘惑に抗えなかった自分の弱さを呪うことしかできなかった。
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