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本能に噛みつく
しおりを挟む「ぁ、もぉ、ふかい、のに、っ、なんで」
本人も理解し難い物足りなさを感じているのか、駄々っ子のように首を横に振り続けている。
「っばさ、おく、さみしい、……足りない……っ」
信じられない、とばかりに表情を歪ませた翠に、翼は目を瞠った。同時に、翠から放たれるフェロモンがいっそう濃くなり、脳がぐらりと揺れる。
子孫を残すことに特化したΩの本能が、αを籠絡させようとしているのだろう。搾り取るかのように大きく収縮する中の動きに、翼は奥歯を噛み締めた。
翠の身体がなにを求めているのかはわかる。わかるからこそ、耐えなければいけないのに。
「つばさぁ……」
涙で潤んだ瞳で縋るように名前を呼ばれ、目の前が真っ赤になった。湧き上がる欲求に従い、一心不乱に腰を振る。
「あ、ァあ、っ、つばさ、おく、もっと、いっぱい、……あっ、だめだ、またクる、ッ」
「っ、好きなだけ、イけよ……っ」
もうずっと絶頂から戻ってこれていない翠を、欲望のまま貪り続ける。強い快楽に喘ぐ兄は、けれどどこか切ない眼差しでこちらを見つめていた。フェロモンの匂いも増すばかりで、その濃密さで息が苦しい。
なにもかもを忘れさせるほど蠱惑的な香りに、思考が溺れていく。
(足りないんだ)
満たされていないからこそ、自分たちは飢えを感じている。お互い、足りないものはわかっていた。
(出したい)
翠の中に出したい。翠の中に直接触れたい。
ひとつの願望によってどんどん脳が侵されていく。
隔てている薄い膜を破り捨てて、満足するまで味わいたい。最奥に注ぎ込み、翠の中を自分でいっぱいに満たしたい。
どろり、と理性が溶けていく。頭に霞がかかる。
互いに望んでいることをして、何が悪いのだろう。今、翼と翠を線引きしているゴムの膜を一枚を取ってしまえば、叶う欲がある。
(胎の奥にありったけ飲み込ませてぐちゃぐちゃにかき混ぜて一滴も漏れないように蓋をしてそうすれば翠は、)
「中に、出してほしい……っ」
瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が翼を貫いた。
今、翠は何を口にした?
いや、それよりも。
(俺は、今、何を考えた……!?)
「も、やだ、中に、ほし……ッ、つばさ、おく、出してよ……っ」
恥も理性も何もかもを手放し、ひどく甘い声で必死にねだってくる翠に、一瞬で頭が冷える。
普段の翠なら絶対に口が裂けても言わないであろう言葉だ。そんなことをすれば何もかもが終わる。それほどの禁句を、翠は発している。
一人の人間としての思考を容赦なく塗りつぶしてくる本能に吐き気がした。
(クソが……ッ)
翠と翼は、実の兄弟だ。
そして、まだ自分たちだけでは生きていけない年齢だ。
いくら翼が世間は関係ないと豪語し、数ある問題に対して策を巡らしたところで、どうにもならないことがひとつだけある。
(妊娠だけは、させられない……!)
自分たちの関係だけであれば、どうとでも誤魔化して生きていける。隠す方法はある。
けれど、子供は駄目だ。誤魔化せなくなる。世間に隠しきれなくなる。確実に、家族に迷惑をかける。
翠はきっと、それを望まない。
しかも、正気に戻った時、誰よりもショックを受けるのは翠だ。万が一にも子を宿したとなれば、きっと彼は自分を許すことができなくなるだろう。
だって、先に欲しがる言葉を吐いたのは、翠だ。
強烈な快楽で理性が飛んだせいか、それとも運命の強制力のせいか、Ωの本能として子種を欲した。それが本意でなくても、口に出してしまったのが翠なら。
(絶対、苦しむ)
そして、優しい翠のことだ。自分の身に宿った新しい命を消すこともできないだろう。そうやって生まれた子を閉じ込めることすらできず、表立って祝福もできないような境遇に陥らせてしまったことにも胸を痛めるのだ。
何より、隠すことのできない大きな腹を抱えることになるのは、翠だ。子種を注ぐだけの自分には計り知れない苦労や苦痛を味わわせてしまうのは間違いない。
この片割れが愛おしいからこそ、翼は彼の望まぬことはしたくなかった。
できてしまったら、終わり。
そう理解しているのに、今も脳内で本能が暴れている。思う存分、翠の中に注ぎ込め、と。
(これに耐えれなきゃ、俺が俺として翠が好きだってことにならねぇだろ!)
幼い頃から抱いてきた片割れへの執着は、運命などという薄っぺらい言葉で片付けられるほど軽くはない。
それなのに、中に出したい、孕ませたい……そんな獣のような欲望が翼の脳を溶かそうとしてくる。
冗談じゃない。
強制的に脳内を塗り潰そうとする動物的本能に憎悪を感じた。
αはΩを孕ませたい。Ωはαの子種が欲しい。
強く惹かれ合う運命の番であれば尚更、その本能的な欲求にはどう足掻いても逆らえない。
こんなものを運命だと呼ぶのなら。
(クソ喰らえだ……ッ)
翼が欲しいのは翠との子供ではない。翠だ。
そんな唯一の相手の一生を後悔で縛るようなものを、生み出してたまるものか!
「俺はっ、……ッ、お前が欲しい、だけなんだよッ」
「あ、あ、つばさ、つばさぁ……ッ」
奥の奥、招き入れるように開いている場所に、何度も己を突き入れる。本来ならば、深くまで埋め込んでから腹いっぱいになるまで精を注ぎ込む、そこに。
一生、直に触れないことを決めた。
「翠、好きだ、……みどり……ッ」
決して最奥を濡らさない膜の中に子種を捨てながら、翼は力いっぱい翠の体を抱き締める。
他のものは何もいらない。自分の遺伝子も子孫も、欠片も残らなくていい。
翠を抱きたい。
翠だけが、欲しい。
だからこそ、ひとつの覚悟を胸に、翼は自分の片割れのうなじを噛んだ。
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