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お題『夏バテ』
しおりを挟む暑い。兎にも角にも暑い。
夜の帳が下り、肌を突き刺すような日光は消え失せているというのに、外にいるだけでじわじわと汗が浮かんでくる。待機しているだけで不快な季節、それが夏だ。
アオは、首筋に流れる汗を拭いながら、大きくため息を吐いた。
(これだから、夏は嫌いなんだ)
狙撃ポイントは、見晴らしが良く、障害物が少なく、長時間待機が可能な場所が選ばれる。そのため、街中では高所の室外であることが多かった。要するに、外だ。
冷房が効いた部屋で待機できればどれほど楽か、と思うものの、今回は夜であるだけマシだ。カンカン照りの昼間に外で長時間身体を晒し続けるなんて、自殺行為に等しい。鉄板で焼かれる肉の気持ちなど味わいたくもない。
ここ最近の異常なまでの気温の高さに辟易しながら、アオはこまめに水分を口にした。脱水症状で倒れたりしたら、あの相棒にどれだけからかわれることか。
『アオくーん、大丈夫? 倒れてない?』
胡散臭い顔を思い浮かべたタイミングで、耳に軽薄な声が流れた。チッ、と思わず舌打ちが漏れる。
「うるさい」
『ひどいなぁ。おにーさん、暑さに弱いアオくんを心配してるだけなのにー』
「うるさい」
ただでさえ暑さでイライラしているのに、これ以上苛立たせないでほしい。
『終わったら、クーラーでガンガンに冷やしてる部屋でアイス食べようねぇ。おにーさんはビールが飲みたいなぁ』
こちらの無言など意に介さず、サポート役の相棒であるワタリのおしゃべりは続く。これで、狙撃タイミングの少し前にはきちんと通信を切るのだから、腹立たしいやら頼もしいやら。どんなときでも状況はきちんと読んでいるあたり、相棒としては最高なのだが。
『夏はビールがほんとに美味しいんだよねー。仕事終わりのビール、最高! ……あぁでも、夏、嫌なところもあるかなぁ』
「……なに」
なにやら意味深に言葉を途切れさせるワタリに、アオは思わず返事をしてしまう。ワタリの夏の嫌なところ、そういえば初めて聞く気がする。その好奇心に勝てなかった。
通信先で、ふっ、と微笑む気配を感じる。
『アオくん、毎年夏はバテ気味でしょ?』
ワタリの嫌いなものの話でなぜ自分の暑さに弱い体質の話が出てくるのか。ターゲットがまだ部屋に入ってくる様子がないことを確認しながら、アオは首を傾げた。
『手加減しないとすぐへばっちゃうから。もっといっぱい触れてたいけど、これでも我慢してるんだよぉ。最中に熱中症になられても困っちゃうし』
一瞬、今すぐ車まで戻って銃口を突きつけてやろうかと思った。
春の終わり頃、初めてワタリと身体を繋げた。最初は何をどうしていいかわからずただされるがままだったアオも、回数を重ねるごとに混乱が減り、最近は行為にも少し慣れてきたと思っていたのだが。
(手加減、されてたんだ)
むかむかともやもやが胸を覆う。年の差、経験の差は埋めようのないものだが、侮られているようで気分は良くない。きっと、優しさからの気遣いだとわかっていても。
多分、初めての時もそうだった。ワタリはとにかくこちらの様子に合わせてくれていたし、なにも無理強いはされなかった。今も、優しく労わるように触れてくることが多い。
そこまで考え、はたと気づく。
(……でも、わざわざ口にしたってことは)
ワタリも、欲を出してきたのかもしれない。手加減などしなくてもいい、とアオに言わせたいのかもしれない。
(それなら、乗ってやってもいい)
自分だけ気遣われたままの関係を、アオは望んでいない。公私ともに、彼とはできる限り対等でいたいから。
しかし、返事をしようと口を開いた瞬間、先にワタリから通信を切る旨の言葉を投げられた。視線の先、目的の部屋に明かりが灯る。
「……ビールより最高って、思えばいいのに」
漏れた呟きは、ワタリには聞こえない。それでも、いつかへの期待を込めて声に出す。
それからすぐに意識を切り替え、アオは引鉄に指をかけた。
「今夜? ダメダメ、暑さで疲れてるんだから、ほんとに体調崩しちゃうでしょ。さっさとシャワー浴びて水分取って、アイス食べたら早めに寝なさい」
仕事終わり、あっさりとそう返され、ふてくされたアオがワタリのビールを奪って飲み干したのはまた別の話。
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