1 / 5
お題『残業』
しおりを挟むライフル銃を撃ったとき特有の音が、周囲に響き渡る。標的を仕留めたことをスコープ越しに確認した僕は、すぐさまその場を離れた。狙撃場所は即座に特定されるものだ。捕まりたくなければ、さっさと退散するに限る。
ビルの裏口に待機させていた車の助手席に乗り込めば、運転手の男がごくろーさま、と笑いかけてきた。僕がドアを閉め切る前に動き出した車は、予定通りの逃走ルートを走り始める。
「本日も大変良い腕前で、おにーさん感動しちゃった」
前髪をかき上げながら大げさに褒めてくる男──ワタリは、僕の仕事上のパートナーだ。依頼された暗殺を実行するのが僕、計画を立てたり事前準備を行ったりするサポート役がワタリ。この春で、組んでから三年になる。
チンピラが好みそうな派手なシャツに丸いフレームのサングラス、金色に染めた肩までの髪を一つに結んでいるワタリは、どこからどう見ても胡散臭い。自分のことを『おにーさん』とか呼ぶあたりも非常に鬱陶しい。たかだか五歳差のくせに。
けれど、これで仕事はできる男なのだ。だからこそ、三年間も相棒を続けられている。
「この調子で、残りの一人も殺っちゃおうねぇ」
今回の依頼は、さっき眉間を撃ち抜いた男の殺害とあとひとつ。
「さっきの男の弟、だったよな」
「そ。兄が凶弾に倒れたことはすぐに報告がいくだろうから、警備はさっきより厳しいと思うよぉ」
「でもお前なら、僕が仕留められるポイントを見定めてくれてるんだろ?」
「うーん、そのつもり、だったんだけど」
常に飄々としているワタリが、珍しく歯切れの悪い物言いをしてくる。何か問題が起こったのか、と問えば肯定が返ってきた。どうやら、さっきのターゲットがスケジュールより遅れて行動していたせいで、予定がズレてきているらしいのだ。
「あと五分で目的地に着けなければ、元々予定してた場所からの狙撃は諦めたほうが良いかな」
「あと五分で着くのか?」
「多分無理だねぇ」
そう言って、ワタリは急にハンドルを左に切った。そうして、予定していたルートとは異なる道を進み始める。どうするのか様子を窺っていると、彼は人通りのない薄暗い路地で車を停めた。
「ねぇ、アオくん」
どこか甘えるような猫撫で声でこちらに体を寄せてくるワタリに、僕は渋面を返した。嫌な予感がする。
「残業代ちょーだい」
「やだ」
僕も残業なんだぞ、と反論するより先に唇が塞がれる。コノヤロウ、と思うものの、こうなってしまったら潔く諦めるしかなかった。満足するまでは絶対に離さないんだ、こいつは。
ぬるり、と入り込んできた舌が、僕の口の中を好き勝手に蹂躙していく。上顎を舐められ、背中にぞくぞく、と震えが走った。咄嗟に後ろに逃れようとするも、気づけば後頭部に回されていた大きな手のひらがこちらの動きを阻止してくる。
「ん、ぅ……、っ、ふ」
僕の弱々しくも甘えた声が車内に響いて、とんでもなく恥ずかしい。なのに、腹が立つほど気持ちがいい。
何度も角度を変え、深くまで僕を味わったワタリは、最後に上唇をゆるく噛んでから離れていった。僕は、べたべたになった口周りを手の甲で拭いながら息を整える。
「ごちそーさま」
「……バカ、あほ、色情魔」
「失礼だなぁ。おにーさん、これでもだいぶ我慢してるのに」
「どこが……っ」
「まだ、最後までシたことないでしょ?」
ワタリが僕に触れ始めたのは、今年に入ってからのことだ。好きだよ。軽い調子でそう告げられ、触れるだけのキスをされた。僕は、それを拒まなかった。ワタリに恋をしているかと問われれば首を横に振るが、ワタリに情があるかと聞かれれば頷くことしかできなかったから。
──隣にいてくれないと、胸が苦しい。僕の相棒はもう、ワタリしか考えられない。
正直にそう伝えたら、彼は心底嬉しそうな顔で僕を抱き締めてきた。
その日から、事あるごとにキスをされている。嫌悪感は全くなくて、気持ちよさばかりを教え込まれていた。そのせいか、最近はくちづけられるだけで体が熱を持ってしまい、少し困っている。
「一応おにーさんだからね、二十歳まではってこれでも理性を働かせてるんだよ?」
「……僕、もう成人済なんだけど?」
自分でも子供っぽいと思うものの、ついむすっと唇を尖らせてしまう。それを見たワタリは、楽しそうにくつくつと喉を鳴らした。
「ね、アオくん。二十歳の誕生日、来月でしょ?」
「……なにが言いたいんだよ」
にんまり、とワタリの唇が弧を描く。
「大人になったら、おにーさんとイケナイこと、沢山しようねぇ」
「……イイコトじゃなくて?」
揶揄うような物言いが悔しくて咄嗟に思いついた言葉を返せば、相手は目を丸くしたあと、ゆっくりと顔を近づけてきた。またキスされるかも、と思わず反射的に目を閉じた僕の耳元で、ワタリの息遣いを感じる。
「アオくんは、イイコトだと思ってくれてるんだ?」
ぶわっ、と。自分の顔が真っ赤に染まったことを自覚する。否定しようとして、けれどそれもなんだか違うような気がして唇をわなわな震わせることしかできない僕に、ワタリは満足そうに微笑んでみせた。
「かぁわいい」
「っ、うるさい!」
至近距離にある相手の胸を押し返せば、抵抗されることなく素直に離れていく。
僕から距離を取ったワタリは、何事もなかったかのように後部座席に手を伸ばした。彼の商売道具であるパソコンをケースから取り出し、素早くカチャカチャとキーボードを操作していく。残りのターゲットについて調べ直しているのだろう。片耳にだけつけているワイヤレスイヤホンでも、多分ずっと──僕にキスを仕掛けていた間も情報を仕入れ続けていたのだと思う。
本当に仕事はできる男なのだ、ワタリは。
「うん、大丈夫そう」
待ったのは、数分。パソコンから顔を上げたワタリは、新しい狙撃ポイントと注意点を伝えてきた。
「それじゃ、もう少しだけ残業頑張ろうかぁ」
「……りょーかい」
僕が頷きを返すと同時に、車がゆっくりと動き出す。流れ出す景色をぼんやりと眺めながら、僕は、一つだけ伝えておきたくて運転中の相棒に声をかけた。
「ワタリ」
「なぁに?」
「さっきみたいな、接触。仕事中はほんとやめろ」
「んー、うん。その心は?」
ワタリの問いかけに、僕は一瞬理由を教えることを躊躇する。けれど、今後のことを考えればどうしても受け入れてもらうしかなくて、渋々でも口にするしかなかった。
「ワタリに触れられるとぞわぞわして、……集中、できなくなりそうだから」
自慢ではないが、僕の狙撃の腕は一流だ。撃つときに心を乱されるようなことなんて、これまでは一度もなかったんだ。
それなのに、今もまだほんのりと、指先に熱が燻っている。ワタリに触れられたときだけ、どうしようもなく心がざわめく。
「狙撃、失敗したくない。だから、仕事中は触んないで」
「…………わかった」
少しの間があり、この男にしては簡素な返答が返ってきた。そっと様子を窺えば、真顔のうえ怖いくらいに強い視線でフロントガラスの向こう側を見つめているワタリが視界に入ってくる。
「くっそ……。来月、ほんと覚悟してろよなぁ」
呟きというには熱のこもりすぎた彼の独り言に、心臓がばくり、と大きな音を立てた。僕は慌てて、ワタリから視線を外す。
窓の外、沈んでいく夕日を眺めながら、あと何回か夕暮れを繰り返したあとの夜のことを考える。心臓が落ち着かなくなるから、考えてはいけないのに。
人を撃つ行為よりワタリとキスするほうが心臓に悪いなんて、僕は人としてどうかしてるのかもしれない。
計画の実行は一時間後。それまでには平常心を取り戻さなくては。僕は、のたうち回りたくなる気持ちを必死で抑え込みながら、ライフルケースを抱え直した。
11
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる