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56 宿にて
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宿に戻ると、ザリアードとハセークが待っていた。
私の姿を見て、ザリアードが駆け寄ってくる。
「おお、レキムさん。大丈夫でしたか」
「耳が早いね」
「いえね、ハセークさんとパブでお酒を飲んでいたんですけど、そのパブに突然衛兵が入って来て『昨日の昼頃に入港した船の船長がここにいるはずだ』なんて言い出し、名乗り出た船長をほとんど無理やりに連行していったんです。それを見て、エルドワードさんも同じ目に遭うかもしれないと思い、急いで戻ってきたんですが、すでに宿にエルドワードさんはおらず、残っていた船員さんから話を聞くと、エルドワードさんがレキムさんたちと一緒に衛兵に連れて行かれたって言われて。一体何があったんです?」
「それを話すと長くなるから、ちょっと待って」
私はハセークに右掌を見せる。
「ハセークさ、切り傷に効く薬とか持っていないかな?」
ハセークは、私の手を取り、結ばれていたハンカチをほどいて傷口を眺める。
「出血の割には浅い傷だが、化膿止めの軟膏を塗ったほうがいいだろう。とりあえず宿に入れ」
宿の二階の個室で傷口に軟膏を塗ってもらった後、一階の食堂に集合し、衛兵に連れ去られた後のことをハセークとザリアードに話した。
「国王が、一目見ただけでアリシアさんがドラゴンを操る種属であるとわかったのであれば、なぜ衛兵たちは船長だけを連行していたんでしょうね。船長に船員全員を集めさせて、ドラゴンを操る種属の外見的特徴に合致する者を連行するほうが合理的だと思うのですが」
一通り話し終えた後、ザリアードが訊ねる。
その疑問は、私も考えた。色々と理由は考えられ、国王の胸中をのぞかねば真実はわからないけれど、おそらくこれだろう、という結論は出ていた。
「きっと、国王は、自分がドラゴンを操る種属を探していると周囲に知られたくなかったんだよ。『国の防衛にドラゴンを役立てたい。昨日、海賊船に襲われていた商船をドラゴンが守ったという証言を耳にしたのだ。その商船の船員の中に、ドラゴンを操る者がいるはずだから、そいつを探してきてほしい。こうこうこういう外見なはずだ』なんて国王が言い出したら、周囲の人間はどうすると思う?」
「そんな非現実的な考えを改めるよう、全力で国王に進言するでしょうね」
「そう。だから国王は、信頼のおける側近以外には別の理由を言って衛兵を動かしたはずなんだ。例えば、王国転覆を目論む反乱分子への武器提供の疑いがある外国船の船長を捕えよ、みたいなね。そうなると、特定の人物を指定するのではなく、その船の責任者である船長を呼びさなければ不自然になる。それに、ドラゴンを操る者が乗っている船の船長と交渉すれば、ドラゴンを操る者を自国に引き入れられるはずだと考えていたんだと思うよ」
ザリアードが「なるほど」と頷くと、今度はハセークが
「そもそも、なぜ国王はドラゴンなどという荒唐無稽な存在の実在を信じたんだろうな」
と呟いた。
魔法や幻獣の存在が実在していると知っており、魔法に関してはいくつか使うことができるハセークが、ドラゴンを荒唐無稽な存在と呼ぶのには違和感しかないけれど、彼の言いたいこと自体はわかる。昨日までの私なら、ハセークと同じ疑問を抱いただろう。
ただ、国王と対面して会話をした今は、彼がドラゴンを信じた気持ちもわかる気がしていた。
「国王は国王で大変なんだと思うよ。大国同士の力関係の均衡が少しでも崩れれば自国の独立を失ってしまうという恐怖を日々感じている中で、荒唐無稽とはいえ、その恐怖を解消できるかもしれない可能性を見つけたとしたら、藁にも縋る思いでその可能性の糸を手繰り寄せよせようとするのは、自然なことなんじゃないかな」
国王とて一人の人間である以上、何かに縋りたくなる時はある。神に縋るよりは建設的だ。
私の見解に対し、しばし口元に手を当てて考え込んでいたハセークは、「そうなのかもしれんな」と言ってこれ以上の議論を避けた。私が答えの出ない議論を嫌う性格でないことは知っていると思うのだが、顔に疲労の色が出ていたのかもしれない。
話が終わったタイミングで、ザリアードがまとめに入った。
「とにかく、全員無事でなによりです。明日は私も王宮についていくので、今日はゆっくり休んでください」
私の姿を見て、ザリアードが駆け寄ってくる。
「おお、レキムさん。大丈夫でしたか」
「耳が早いね」
「いえね、ハセークさんとパブでお酒を飲んでいたんですけど、そのパブに突然衛兵が入って来て『昨日の昼頃に入港した船の船長がここにいるはずだ』なんて言い出し、名乗り出た船長をほとんど無理やりに連行していったんです。それを見て、エルドワードさんも同じ目に遭うかもしれないと思い、急いで戻ってきたんですが、すでに宿にエルドワードさんはおらず、残っていた船員さんから話を聞くと、エルドワードさんがレキムさんたちと一緒に衛兵に連れて行かれたって言われて。一体何があったんです?」
「それを話すと長くなるから、ちょっと待って」
私はハセークに右掌を見せる。
「ハセークさ、切り傷に効く薬とか持っていないかな?」
ハセークは、私の手を取り、結ばれていたハンカチをほどいて傷口を眺める。
「出血の割には浅い傷だが、化膿止めの軟膏を塗ったほうがいいだろう。とりあえず宿に入れ」
宿の二階の個室で傷口に軟膏を塗ってもらった後、一階の食堂に集合し、衛兵に連れ去られた後のことをハセークとザリアードに話した。
「国王が、一目見ただけでアリシアさんがドラゴンを操る種属であるとわかったのであれば、なぜ衛兵たちは船長だけを連行していたんでしょうね。船長に船員全員を集めさせて、ドラゴンを操る種属の外見的特徴に合致する者を連行するほうが合理的だと思うのですが」
一通り話し終えた後、ザリアードが訊ねる。
その疑問は、私も考えた。色々と理由は考えられ、国王の胸中をのぞかねば真実はわからないけれど、おそらくこれだろう、という結論は出ていた。
「きっと、国王は、自分がドラゴンを操る種属を探していると周囲に知られたくなかったんだよ。『国の防衛にドラゴンを役立てたい。昨日、海賊船に襲われていた商船をドラゴンが守ったという証言を耳にしたのだ。その商船の船員の中に、ドラゴンを操る者がいるはずだから、そいつを探してきてほしい。こうこうこういう外見なはずだ』なんて国王が言い出したら、周囲の人間はどうすると思う?」
「そんな非現実的な考えを改めるよう、全力で国王に進言するでしょうね」
「そう。だから国王は、信頼のおける側近以外には別の理由を言って衛兵を動かしたはずなんだ。例えば、王国転覆を目論む反乱分子への武器提供の疑いがある外国船の船長を捕えよ、みたいなね。そうなると、特定の人物を指定するのではなく、その船の責任者である船長を呼びさなければ不自然になる。それに、ドラゴンを操る者が乗っている船の船長と交渉すれば、ドラゴンを操る者を自国に引き入れられるはずだと考えていたんだと思うよ」
ザリアードが「なるほど」と頷くと、今度はハセークが
「そもそも、なぜ国王はドラゴンなどという荒唐無稽な存在の実在を信じたんだろうな」
と呟いた。
魔法や幻獣の存在が実在していると知っており、魔法に関してはいくつか使うことができるハセークが、ドラゴンを荒唐無稽な存在と呼ぶのには違和感しかないけれど、彼の言いたいこと自体はわかる。昨日までの私なら、ハセークと同じ疑問を抱いただろう。
ただ、国王と対面して会話をした今は、彼がドラゴンを信じた気持ちもわかる気がしていた。
「国王は国王で大変なんだと思うよ。大国同士の力関係の均衡が少しでも崩れれば自国の独立を失ってしまうという恐怖を日々感じている中で、荒唐無稽とはいえ、その恐怖を解消できるかもしれない可能性を見つけたとしたら、藁にも縋る思いでその可能性の糸を手繰り寄せよせようとするのは、自然なことなんじゃないかな」
国王とて一人の人間である以上、何かに縋りたくなる時はある。神に縋るよりは建設的だ。
私の見解に対し、しばし口元に手を当てて考え込んでいたハセークは、「そうなのかもしれんな」と言ってこれ以上の議論を避けた。私が答えの出ない議論を嫌う性格でないことは知っていると思うのだが、顔に疲労の色が出ていたのかもしれない。
話が終わったタイミングで、ザリアードがまとめに入った。
「とにかく、全員無事でなによりです。明日は私も王宮についていくので、今日はゆっくり休んでください」
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