異世界ドラゴン通商

具体的な幽霊 

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55 国王の苦悩

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 国王と共に衛兵に護られていた老人たちがざわめく。小声なので上手く聞き取れないが、老人たちが国王へ「王よ、官僚たちの承認なくそのような決定をしてはなりません」「王よ、どうかお気を確かにお持ちください」「王よ、確かにドラゴンは実在しましたが、ドラゴンの実在が諸外国の侵略に対する抑止力になりうるかは別です」みたいなこと国王へ進言していた。
 国王は老人どもの提言を一通り聞くと、煩わしそうに首を振り、

「ハヴァエァ エグ コヌングリン セム フォルキオ ヴァルディ トク アクヴォロウニナ エフ フ エァト オサムマラ タパオウ メァ イ ナエスツ コスニングム マンネスクジャ セム ヘファ メイリ ハエフィェイカ エン エグ エン ヘファ ファオ ガエフリカ ヒジャータ アオ ヘルガ リフ シット エァフィオウ スターフィ ファー セム アブィァゴイン アオ ヴェラ コヌングァ エア フィング オグ ファオ エイナ セム ハエグト(ええい、うるさい。民衆から選ばれた国王である私が決めたのだ。異議があるのであれば、次の選挙で私を敗北させればよい。私以上の才覚を持ちながら、国王という責任ばかりが重く、得られるのは名誉だけという難儀な仕事に人生を捧げようという殊勝な心持ちの者を対立候補として担ぎ上げよ。そんな者がいるのなら、私は喜んで王座を譲ろう。だが、今は私が王だ。それをよく理解してもらいたい)」

 滔々とそう語ると、老人どもは押し黙ってしまった。
 国王なぞ国民の上でふんぞり返っているものだとばかり思っていたが、上の者は上の者なりの苦労があるらしい。善悪の知識を得た人間が羞恥心を知ってしまったように、地位を得た人間も一般人には理解できない苦しみを知るのだろう。神の前で人間はみな平等であるとは、生きていれば誰もが苦しんでいるという点で真実なのかもしれない。
 国王は再び私に向き直り、更に一歩近づく。
 王座に座っている際にはわからなかったけれど、国王は私よりも小柄だった。この小さな背中にどれだけの責任が乗っているのかを想像すると、恐ろしい気持ちになる。

「ネイ メァ フィキァ ファオ レイット エン オグ アフツァ サムフィッキァ ランド ミット チッログ カウプマンシンス オグ オスカァ エフチァ ヴェーンド ドレカンス ハヴァオ ヴァロアー エインストク アトリオイ サムニングシンス ムン エグ ラタ エムバエッチスメン オグ ドラガ サマン ファオ セム カウプメン ソゴウ イ ロク ダグス ソヴォ ヴィンサムレガスト コムドゥ アフツァ ア モーグン ウム ハデギスビル チル アオ スタオフェスタ エグ ヴィオ アオ フ (いやはや、申し訳ありません。再度申し上げますが、我が国は商人どのの提案を受け入れ、ドラゴンの加護を所望します。具体的な契約内容については、今日中に文官連中に商人どの仰られた内容をまとめた契約書をしたためさせますので、明日の昼頃にまたお越しいただき、確認していただきたく思います)」

 契約書はあちらが作成してくれるようだ。国との正式な契約を結ぶためにどれだけの契約書が必要なのかは正確に把握していなかったので、ありがたい話である。
 明日の昼頃にまたお越しいただきたい――つまり、今日のところは帰ってほしいとのことなので、私はアリシア、ヴァヴィリア、エルドワードに国王とのやり取りの概略を説明し、ドラゴンを空へと帰してほしいとアリシアに頼む。アリシアがドラゴンの横顔に触れ、「また明日」と小さく呟くと、ドラゴンは悠々と立ち上がり、翼を大きく広げて飛び立った。

「スキルディ スジャウムスト シオデギス ア モーグン(わかりました。では明日の昼、またお伺いします)」
 
 私は国王に一礼し、庭園を後にする。
 国王は、どんどんと高度を上げ、落とす影を小さくしていくドラゴンの姿をじっと見つめていた。

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