異世界ドラゴン通商

具体的な幽霊 

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49 謁見室にて①

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 アリシアがドラゴンを操る種族であると知っているとは、全くもって予想外だった。確かにアリシアは、褐色の肌に純白の髪、碧色の瞳といった特徴的な外見をしている。しかし、それが彼女の種族特有のものだとは思っていなかった。
 想定が甘かった。アリシアのようにドラゴンと共に村を出た者が、ドラゴンを兵士として使った記録がどこかに残っている可能性は充分に考えられたし、これまでにドラゴンが商品を運搬するのを目撃した取引相手の中に、取引時に結んだ「輸送手法の口外禁止」の契約を無視している者がいないとは言えない。
 もしかしたら、当てずっぽうで言っただけかもしれない。しかし、国王がそう信じている以上、その虚実はもはや関係ない。国王が金だと言えば、石でも紙でも金になる。それがこの国の政治形態である。

「スツルカ メオ ブルナ フオ オグ ヘレイント フヴィット ハー ハヴァオ ヘイチァ フ」

「褐色の肌に純白の髪をした少女よ。汝の名はなんという?」

 国王の視線が私の斜め後ろ、アリシアのほうへ向けられる。

「アリシアです」

「アリシア アフ フヴェージュ ヴィンヌロウ エッキ セム ハーマオウアー イ ミヌ ランディ? ヴィオ トライグジュム マーグフォイド ヌヴェランディ ラウン」

「アリシアよ、私の国で兵士として働かないか。今の数倍の給料を保証しよう」

 数秒の沈黙の後、国王は一度私に苦々し気な視線を向け、再度アリシアを見て、

「エフ フ エート ブンディン アフ サムニンギ ファン カウプマン スカルツ エッキ ハファ アウィギジュアー ボーガオウ ネアギレガ ウップヘアオ セム セクト フリアー アオ ブリジョタ セムニンギン」

「その商人に契約で縛られているというのなら心配はいらない。契約の違約金として、充分な額を支払おう」

 と、大らかに言った。
 まだ、アリシアは沈黙を守ったままだ。彼女は今、何を思っているのだろう。
 数十秒の沈黙の後、国王は痺れを切らしたかように私の方を見た。

「カウプマオウアー レイフォウ メァー アオ スピリジャ フェグ ヴィンサムレガ アフヘンツ アリシア ハー」

「商人、貴様に頼もう。アリシアをこちらに引き渡してほしい」

 アリシアの説得は難しいと判断して、私のほうの説得に切り替えたようだ。
 どう答えたものかと私が考えていると、国王は続けて言った。

「エグ エァ レイオウブイン アオ ボーガ ファー グル オグ シルファグリピ チル アオ フルネアグジャ ファー メアー フィンスト ファオ エッキ スレアムァー サムニングァー」

「こちらには、貴様を満足させられるだけの金銀財宝を支払う用意がある。どうだ、悪い取引ではないと思うのだが」

 残念ながら、こちらはすでに金銭には満足している。私が回答を渋っているのは、単純にどう回答すべきかがわからないからだ。
 私個人としては、アリシアを国王に渡したくはない。しかし、アリシアにとって、この提案を受けるのは良いことなのではないか。小国とはいえ経済的に豊かな国の兵士として、安定した収入を得られる職に就けるのだ。それも、ドラゴンの存在を明らかにした上で。
 兵士といっても、実際にドラゴンに戦闘をさせるつもりはないだろう。ドラゴンの力を国防に使うのだとすれば、抑止力とするのが一番だ。定期的に王宮の上空を飛んでいるだけで、諸外国に対する強力な抑止力となるのだから。もちろん、一国の兵士となるにあたり生活に諸々の制限がかかるだろうが、私に倣って商人になるよりも、安定した穏やかな人生を過ごせる可能性は高そうだ。
 そんな彼女の将来を、私の個人的な感情で潰していいのだろうか。
 というか、そもそも私と彼女は主従関係ではない。私が「君は王国で兵士となれ」と言ったところで、その指示にアリシアが従う謂れはないのだ。だとすれば、私の最適解は沈黙であろう。変に口を開いて、私の言葉でアリシアの人生の選択肢を奪ってはならない。

「ハヴェージャー エル オスキァ ファナー? ハヴァオ ヴィッツ タランディ ウム ファオ ヴィオ スクルム ラタ ファ オスク レアタスト オグ ヘアグト エァ」

「貴様の望みはなんだ。何が欲しい。言えば、可能な限りその願いを叶えよう」

 どうやら国王は、私がより良い取引条件を引き出すために黙っているのだと思っているらしい。たしかに、商人として私個人の利益を最大化するために振る舞うなら、国王から最大の譲歩を引き出すべく、私は今と同じように沈黙を続けるだろう。
 一見すると私たちの置かれている現状は危機的だが、少し考えれば、国王のほうも私と同程度の危機感を覚えているはずだとわかる。

「クラフツァー ドレカ エァ リクレガ オブ ミキル フィリァー カウプマン エインズ オグ フィグ ヴァルド セム エァ エッキ フェス ヴェロウグト ムン エヨア スジャルフ セァ エインフヴェーン チマ」

「貴様のような一介の商人が持つには、ドラゴンの力は過大であろう。分不相応な力は、いつかその身を亡ぼすぞ」

 そう。国王は、私がドラゴンという力を持っていると思っている。
 実際、アリシアがドラゴンを呼び出せば、この場の勢力図は一変されるだろう。私とアリシアがドラゴンに暴力を振るわせたくないと思っていることを、国王は知らない。国王にとって、私は不気味な存在であるに違いない。腹の内で何を考えているかわからない商人が、一体で諸外国に対する抑止力となるほどの力の主体を従えているのだから。
 失うモノが多い人ほど、不確実性の高い危険を避けたがる。ここ数十年戦争も内戦も経験していないセントノイマの国王様にとって、今ほど危険な状況は初めてかもしれない。身から出た錆だ。恨むなら自分だけを怨んでほしい。その負の感情を私たちに向けてこないよう願う。
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