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44 セントノイマの書店

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 アリシアとヴァヴィリアの服のほうも昼までに裾直ししてもらえるようだったので、私たちは服ができるまでの間、三人で町を散策する。

「次はアリシアの行きたい場所に行こう」

 ヴァヴィリアに目的地の設定を任されたアリシアは、しばらく考えて、

「本を買いたいです」

 と言った。

「本? なんでまた本なの?」

 驚いたヴァヴィリアが尋ねると、アリシアはまたしばらく考えて、

「今読んでいる本って、良くも悪くも劇的なの。王様と貴族の話とか、魔法使いの話とか、よく知っている商人の話であっても、なんというか、そう、親近感が湧かないの。面白くはあるんだけど、もっと身近に感じられるような話も読んでみたいなって」

 と言い、ヴァヴィリアに向けていた視線を私に向け、

「思ったんですけど」

 と尻すぼみになった。アリシアが読んでいる本は、私が選んだ本である。その本でない本が読みたいというのは、間接的に私の審美眼に対する批判になると思ったのだろう。私からすれば、アリシアが自らの意思で本を読みたいと言ってくれたことは非常に嬉しい。

「いいですね。自分で文字が読めるようになったんですから、自分で読みたい本を探したくなる気持ちはわかります。行きましょうか、書店に」

 「はい」

 アリシアとヴァヴィリアの表情の対比が鮮やかだった。本を買いに行くのが嬉しいアリシアと、なぜに書店なぞに行かねばならんのかというヴァヴィリア。文字が読めなければ、本の価値を理解しようがない。ヴァヴィリアにも勉強する権利はあったのだから、その権利を行使しなかった彼女に責任がある。
 ヴァヴィリアがアリシアの望みを否定するはずもなく、私たちの次の目的地は書店に決定した。
 文字が読める者にしか需要のない書店は、都会か港町にしかない。文字の読める層が多く住む都会は当然として、港町に書店があるのは、主に私のような貿易商のためだ。長い航海で必然的に生じる膨大な暇のお供として、本は欠かせない。
 前回に来た際に探しておいたので、彷徨うことなく書店までたどり着いた。
 店先には見開きの本がデザインされた看板が掲げられ、店の前に置かれた台には本が陳列されており、一目見ただけで書店だとわかる。ウインスターズで入った書店とは大違いだ。まあ、あの店は海図がメインの商品なので、書籍がメイン商品であるこの店と比較するのは妥当でないかもしれない。
 店内に入る前に、店の前の本をしばらく眺める。本のほとんどはチャップ・ブックだった。薄くて小さく紙質も悪いが、労働者階級でも買えるほど安価な本である。ちゃんとした本は店内に置いてあるのだろう。私たちの他にも数人の客がいて、皆同じように本を眺め、時々手を取ってページを捲っていた。
 チャップ・ブックの内容は、児童文学から思想・宗教に至るまで多岐に渡るが、その中でも特に人気なのは、有名小説のダイジェスト版だ。この台にも、『人生と奇妙な驚きの冒険』や『ブレイブオルタワールド』といった有名作品の名を冠したチャップ・ブックが並んでいる。無論、原作の著者に許可は取っていない。それゆえの低価格である。

「ねえ、これのどこが面白いの?」

 無言で本の群れを眺めるアリシアに聞こえないよう、ヴァヴィリアが私の耳元に近づいて尋ねてくる。

「まあ、文字が読めればね。文字が読めなくても、表紙に描かれた絵を見るだけも面白いんじゃないかな」

「いや、文字が読めたってお腹が膨れるわけでもないし、服みたいに自分を着飾れるわけでもないでしょ」

「確かに、本を読んでも空腹は満たされないし、外見も変わらない。でもね、面白い本は空腹を忘れさせてくれるし、頭の中に鮮やかな彩りを与えてくれるんだ。ヴァヴィリアも、昔の面白かった出来事を懐かしんだり、あの時こうだったらなぁって、実際には起こらなかった出来事を想像したりするだろ。本っていうのは、そうい他人が体験したり想像したりした面白い出来事を、文字を通して追体験することができる」

「私には難しい話ね」

「使い方を知らないから難しく感じるだけだよ。剣だって、練習しないとただの鉄の塊でしょ。文字もそれと同じ」

 アリシアがこちらに視線を向けてきたので、会話は中断された。彼女はすでに二冊のチャップ・ブックを手に持っていた。

「あの私、店の中入ってますね」

「わかりました」

 私の返事を聞いてすぐ、アリシアは本屋の中に入っていった。

「アリシアがあれだけ夢中になるってことは、少なくとも私が思っているよりは、文字を覚える価値はあるんだろうね」

「その気になったらいつでも教えるよ」

「考えておく」

 私たちも、アリシアの後に続いて中へ入る。
 最終的に、アリシアは二冊のチャップ・ブックと一冊の本を買っていた。どんな本を買ったのかまでは詮索していない。好きな本には、その人の趣味嗜好が大きく反映される。趣味嗜好の中には、他人に明かしたくないものもあるだろう。そもそも私に、彼女が彼女自身の金で買ったものを一々詮索する趣味はない。
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