異世界ドラゴン通商

具体的な幽霊 

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40 独立国セントノイマ

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 セントノイマの政治体制は君主政であるにもかかわらず、商売をするにあたっての規制がほとんどなく、ほとんどの共和国よりも自由な商売が可能だ。これは、一般的な君主国には存在する貴族や聖職身分からなる特権階級が存在しないことが大きいのだろう。
 この国の統治機構は、三年に一度の選挙で民衆の総意により選ばれた君主と、君主の意志を愚直に実行する官僚機構からなる。こう聞くと、衆愚政治や官僚の腐敗による衰退が起こりそうなものだが、今のところ極めて上手く運営されている。
 これは、優秀な国民が優秀な君主を選んでいるというだけでなく、総人口の何倍もの商人が海外から訪れるこの国の特殊な性質が大いに関係していると考えられる。国の主たる財源が土地に縛られていない海外からの商人であり、少しでも国家が傾くと訪れる商人の数が激減するために、君主・国民・官僚の間で利益相反が起こりにくい。立場の弱い民衆からの搾取で得られる利益より、治安低下による不利益のほうが大きくなるのだ。
 
「この調子だと、今日中に全商品を買い取ってもらえそうです」

 書類への記入が一段落し、業者側からの返答を待つばかりとなった私は、とりあえず暇つぶしにアリシアに話を振る。彼女の顔色は船から降りた直後より大分良くなっていた。

「買う時は時間がかかりましたけど、売る時はすぐなんですね」

「仕入れをしたのは私が良く知っている市場だったから、同じ商品をより安く買うための手法を色々と知っていたんです。だから、時間をかけた分だけ利益が増える。それに対して、この市場に来るのは二回目で、商品を上手く売る方法を知らない。だから、多少利益が小さくなっても、一括で売れる業者に任せたほうがいいと判断したんです」

「無知の代償を支払うってことですか?」

 前々から思っていたけれど、彼女のこの高尚な語彙はいつ身に付けたのだろう。経験上、興味本位で他人の過去を詮索して良い気分になったことが少ないので、特に尋ねるつもりはないのだけれども。

「時間当たりの利益で考えているってほうが近いですかね。一時間かけてグロリア銅貨数枚しか儲けが増えないなら、その利益は諦めて一時間自由に過ごしたほうがいいじゃないですか」

「そんなこと言ったら、商売に時間を使うんじゃなくて、自由に時間を使ったほうがいいのでは? あなたはもう、一生遊んで暮らせるだけのお金を稼いでいるんでしょうし」

「私は私なりに自由に時間を使っているつもりですよ。私は商売が好きなので、商売自体は続けていますけど、昔のように時間当たりの利益の最大化を目指すことはなくなりました。今は色々な国を巡るついでに、商品を運んで売り、経費を含めて赤字にならない程度に儲けよう、って気分でやってます。もちろん、今回みたく複数人が集まった商売では、なるべく儲けが増えるようにしますが」

「一生遊んで暮らせるだけのお金を稼いでいるっていうことは否定しないんですね」

「まあ、遊び方にもよるので、否定も肯定もしにくいですね」

「自慢ですか」

「謙遜です」
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