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37 空中から海上へ

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 イースティア到着まで、残り一日となった。
 ドラゴンに運ばれたまま入港するわけにはいかないので、この日からは普通の帆船として進んでいくことになる。
 早朝、曇天のためにまだ暗い海にドラゴンが船を下ろす。

「お前ら、マストを下ろせ! これまで怠けていた分、ここで給料分は働いてもらうぞ!」

 エルドワードの声が飛び、静かだった甲板がにわかに活気づく。どんよりとした空気などお構いなしだ。空模様通りの調子なのはアリシアだけ。船酔いに慣れるにはまだまだ時間が必要だろう。
 船乗りたちの仕事の邪魔にならないよう、私たちは船内で大人しくしておく。

「今日でこの生活から一旦解放だ」

 私がそう言うと、隣にいたアリシアが力なく笑った。すでに気分が良くないと見える。

「そうですね。帰りがあるので、一旦の開放でしかないですけれど」

「港で商品を売った後、しばらくは向こうで過ごすんですから、今から帰りの航海を考えるのはよしましょう」

 イースティア・ウインスターズ間を往復するには、半年ほどかかるのが普通だ。それなのに、三ヵ月足らずでイースティアでの取引を終えてウインスターズに帰ってきてしまったら、確実に面倒なことになる。
 何しろ、往復時間が半分になるのだ。その航海手法を知れれば莫大な利益を得られるのだから、どうにかしてその手法を知り、願わくば独占したいと考える輩は多いだろう。
 そのため、今回の航海では、イースティアで三、四ヶ月過ごしてからウインスターズに戻る予定となっている。

「それもそうですね」

 私とアリシアの会話に、近くにいたヴァヴィリアが入ってきた。

「今回は少なくとも三ヵ月はイースティアに留まるんだよね。その間何するつもりとか考えてあるの?」

「特に決めてはいないけど、基本的には休暇として過ごすつもりだよ。イースティアに留まるのは、私たちがドラゴンによって高速で海を渡っていることを悟られないためだからね。目立った行動をしたら意味がない。まあ、あまりにもやることがなかったら、暇つぶしに小さな商売はするかもしれないけどさ」

「ってことは、仕事があるのは一日置きってことでいいんだよね」

 商品を運んでいる最中は、ザリアードとヴァヴィリアの二人がかりで護衛をしてもらっているが、そうでないときは、基本的に一人が私の護衛で、もう一人は休暇にしている。本当なら、二人ともゆっくりと休暇を取ってもらいたいのだが、治安の良いウインスターズや、そもそも人が少ない村以外の場所を、信頼できる護衛なしで歩くわけにはいかない。

「そうだよ」

 私の返答を聴き、ヴァヴィリアは嬉しそうに跳ねた。

「やったね。アリシア、一緒にどっか遊びにいこう。港の近くなら私らの言葉が通じる店も多いからさ」

「言葉が通じるって、どういうこと?」

「ああ、海外に行くの初めてだとわからないか。えっとね、イースティアに住んでいる人たちは、私らが使う言葉とは違う言葉を使っているんだよ」

 自分の説明がアリシアに伝わっていないと察したヴァヴィリアは、私に視線を向けた。「あなたが説明して」ということだろう。

「例えば、『パン』という言葉を聞いたとき、君が思い浮かべるあの食べ物を、イースティアの人々は、『ブルーズ』という言葉を聞いたときに思い浮かべるんです。言葉全部がそんな感じなので、会話が成立しないんですよ。もちろん、イースティアの人々も私たちと同じ世界を同じように見て、聞いて、触れて、嗅いで、味わっているので、イースティアの人々の言葉の使い方を覚えれば会話できるようになるんですけどね」

「なんで、私たちとイースティアの人々とで違う言葉を使っているんでしょう?」

 その疑問を受けて、私の脳裏には聖典の一文――太古の昔、一つの言語によって団結していた人類が、天に届くほど高い塔を建築し始めると、それが神の怒りに触れ、人類が二度と団結できないよう言語を乱した。――がよぎった。
 ただ、それをそのままアリシアに言って聞かせるほど、私は敬虔な信徒ではなかった。

「その疑問の答えは、神にしかわからないと思います」

 アリシアは納得した様子ではなかったけれど、追加で質問してくることもなかった。ともすると、どう質問すべきかを考えていたのかもしれない。しかし、その質問が声に出されることはなかった。
 騒々しい船乗りたちの足音が、船内に響いたからだ。
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