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34 空中の船上生活一日目④
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昼時まで続いた私、ザリアード、ハセークの鼎談は、エルドワードによって中断された。
「レキムさん、ちょっと相談があるんですが、お時間よろしいですかい?」
申し訳なさそうに腰を低くしてーー巨体の彼が船内を歩くには腰をかがめる必要があるので、申し訳なさは表情から読み取ったものだーー言われずとも、船長からの相談を断る理由はない。
私はザリアードとハセークに、「ちょっと失礼」と言ってエルドワードの後に続く。
「どうしたんです?」
エルドワードは私を船長室へと案内し、テーブルに広げられた方眼紙を指さす。
無骨な彼の外見からは想像できないほど、方眼紙に書かれた数字は丁寧で、どのような計算をしたのかが私にもよくわかった。
「昼時になったんで、六分儀を使って船の位置を計算したんですが、朝測った船速との整合性が取れないんでさ。六分儀のほうは俺が確認したんで確かなはずで、計算のほうも何度か検算したんですが、間違っている感じはしねぇ。ってことで、申し訳ないんですが、もう一度船速を計測したいんで、ドラゴン様に低空飛行をしていただけるようお願いしてもらえねえでしょうか」
彼がそう願い出るのは至極正しい。大陸間の航海において、自分の船の位置がわからなくなることは死を意味するといっても過言でない。それゆえ、複数の計測手法で船の現在位置を確認する作業は重要だ。
おそらくエルドワードは、クロノメーターが正確な時刻を刻んでいない可能性や、ハンドログの結び目の数え間違いなどといった、一般的な原因を考えているのだろう。
しかし、この場合、まず初めに考えるべきは、普通の船では生じない原因、つまりドラゴンによって変化した状況により発生するであろう原因についてだ。
それを念頭に置いて、一度流し見た方眼紙上の計算過程を、今度は自分で解いているつもりで順番に見ていく。
生じた問題に対し、即座に明快な仮定が立てられた場合には、その仮定は大抵の場合において正しい。私の人生訓の一つは、今回も正しかった。
「そうですね。確かに低空飛行して計測し直す必要がありそうです。ただし、ハンドログでなくて六分儀の計測を」
「どういうことでさ?」
「まあまあ。とりあえず、六分儀を持って甲板に出ましょう」
口で説明したところで、計測し直す必要があるのは変わらないので、私はエルドワードと共に甲板に出る。
視線だけでアリシアを捜すと、彼女は甲板上のドラゴンが落とす影の下で座っていた。
「ドラゴン様、申し訳ございませんが、一度船を海に降ろしていただきたいのです」
私は大声でわざとらしく演技すると、私の意図を察してくれたアリシアのお陰で、ドラゴンが飛行高度を下げてくれた。
「さて、それではもう一度、六分儀での計測をしてみてください」
エルドワードが六分儀を使い、慣れた手つきで水平線を基準にした太陽の角度を計測する。
すると、
「ありゃ、前と全然違え。どうなってんだ」
エルドワードは驚き、何度か自分の計測に間違いがないことを確認した後、申し訳なさそうに肩をすくめて私のほうへ振り返った。
「すいやせん。どうやら俺が計測をトチッてたみたいです」
「いえ、エルドワードさんの計測は間違ってないですよ。違っていたのは、水平線です。先ほどまでは空を飛んでいたせいで水平線の位置がずれていたんです」
私の説明に、エルドワードはピンと来ていないようだった。ここで地球球体説に基づく水平線の数学的定義について一から説明していては日が暮れる。
彼が方眼紙上に行っていた計算過程を見たとき、本来なら視線の高さを代入すべき箇所に15フィートと書かれていた。これは、船が海に浮かんでいる場合における視線の高さとしては正しいが、ドラゴンによって空を飛んでいる場合、視線の高さはもっと高くなる。エルドワードは、本来は変数であるはずの視線の高さを、定数だと思い込んでいたのだ。そのため、ハンドログによる船速計測から推定される船の現在位置とのズレが生じた。
このズレを解消するには、ドラゴンの飛行高度を測定するか、船を一度海に下ろしてから六分儀による計測をし直す必要があった。ドラゴンの飛行高度を測定する手段はないので、必然的に後者の選択を取ったわけだ。
「まあ、とりあえず今計測した値を用いて現在位置を計算し直してみてください」
「わかりやした」
私が詳しい説明を放棄したのを察したエルドワードは、速足で船長室に戻った。
数十分後、無事に計算結果が合致したとの報告があった。
「レキムさん、ちょっと相談があるんですが、お時間よろしいですかい?」
申し訳なさそうに腰を低くしてーー巨体の彼が船内を歩くには腰をかがめる必要があるので、申し訳なさは表情から読み取ったものだーー言われずとも、船長からの相談を断る理由はない。
私はザリアードとハセークに、「ちょっと失礼」と言ってエルドワードの後に続く。
「どうしたんです?」
エルドワードは私を船長室へと案内し、テーブルに広げられた方眼紙を指さす。
無骨な彼の外見からは想像できないほど、方眼紙に書かれた数字は丁寧で、どのような計算をしたのかが私にもよくわかった。
「昼時になったんで、六分儀を使って船の位置を計算したんですが、朝測った船速との整合性が取れないんでさ。六分儀のほうは俺が確認したんで確かなはずで、計算のほうも何度か検算したんですが、間違っている感じはしねぇ。ってことで、申し訳ないんですが、もう一度船速を計測したいんで、ドラゴン様に低空飛行をしていただけるようお願いしてもらえねえでしょうか」
彼がそう願い出るのは至極正しい。大陸間の航海において、自分の船の位置がわからなくなることは死を意味するといっても過言でない。それゆえ、複数の計測手法で船の現在位置を確認する作業は重要だ。
おそらくエルドワードは、クロノメーターが正確な時刻を刻んでいない可能性や、ハンドログの結び目の数え間違いなどといった、一般的な原因を考えているのだろう。
しかし、この場合、まず初めに考えるべきは、普通の船では生じない原因、つまりドラゴンによって変化した状況により発生するであろう原因についてだ。
それを念頭に置いて、一度流し見た方眼紙上の計算過程を、今度は自分で解いているつもりで順番に見ていく。
生じた問題に対し、即座に明快な仮定が立てられた場合には、その仮定は大抵の場合において正しい。私の人生訓の一つは、今回も正しかった。
「そうですね。確かに低空飛行して計測し直す必要がありそうです。ただし、ハンドログでなくて六分儀の計測を」
「どういうことでさ?」
「まあまあ。とりあえず、六分儀を持って甲板に出ましょう」
口で説明したところで、計測し直す必要があるのは変わらないので、私はエルドワードと共に甲板に出る。
視線だけでアリシアを捜すと、彼女は甲板上のドラゴンが落とす影の下で座っていた。
「ドラゴン様、申し訳ございませんが、一度船を海に降ろしていただきたいのです」
私は大声でわざとらしく演技すると、私の意図を察してくれたアリシアのお陰で、ドラゴンが飛行高度を下げてくれた。
「さて、それではもう一度、六分儀での計測をしてみてください」
エルドワードが六分儀を使い、慣れた手つきで水平線を基準にした太陽の角度を計測する。
すると、
「ありゃ、前と全然違え。どうなってんだ」
エルドワードは驚き、何度か自分の計測に間違いがないことを確認した後、申し訳なさそうに肩をすくめて私のほうへ振り返った。
「すいやせん。どうやら俺が計測をトチッてたみたいです」
「いえ、エルドワードさんの計測は間違ってないですよ。違っていたのは、水平線です。先ほどまでは空を飛んでいたせいで水平線の位置がずれていたんです」
私の説明に、エルドワードはピンと来ていないようだった。ここで地球球体説に基づく水平線の数学的定義について一から説明していては日が暮れる。
彼が方眼紙上に行っていた計算過程を見たとき、本来なら視線の高さを代入すべき箇所に15フィートと書かれていた。これは、船が海に浮かんでいる場合における視線の高さとしては正しいが、ドラゴンによって空を飛んでいる場合、視線の高さはもっと高くなる。エルドワードは、本来は変数であるはずの視線の高さを、定数だと思い込んでいたのだ。そのため、ハンドログによる船速計測から推定される船の現在位置とのズレが生じた。
このズレを解消するには、ドラゴンの飛行高度を測定するか、船を一度海に下ろしてから六分儀による計測をし直す必要があった。ドラゴンの飛行高度を測定する手段はないので、必然的に後者の選択を取ったわけだ。
「まあ、とりあえず今計測した値を用いて現在位置を計算し直してみてください」
「わかりやした」
私が詳しい説明を放棄したのを察したエルドワードは、速足で船長室に戻った。
数十分後、無事に計算結果が合致したとの報告があった。
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