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30 帆船、空へ
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「ドラゴンは、あの翼で鳥のように空を飛んでいるのではなく、摩訶不思議な力で宙に浮いているんです。その力はドラゴンが触れている物体にもはたらくので、船のヤードが壊れることはありません」
ドラゴンの羽ばたきと波打つ海の音だけが騒がしい甲板で、私の説明が空虚に響く。私としても、言葉で理解してもらえるとは思っていなかった。
「と、口で説明しても自分の眼で見なければ納得できないと思いますので、一度ドラゴンにこの船を宙へ浮かせてもらいます」
そう私が言ったのに反応し、アリシアが隣にいる私にも聞こえないほどの小声でドラゴンへ指示を伝える。
すると、ドラゴンは悠然と船の直上へと移動し、両前足でゆっくりとマストの先端を掴んだ。波に揺られていた船が不自然なほど静止した直後、ドラゴンが両翼を力強く動かす。
そして、船が空に浮いた。
水平線が遠くなり、船の側面に打ち付けていた波の音が消えた。
アリシアから説明を受け、事前にドラゴンが軽く触れるだけで巨大な木を軽々と浮かせる光景を見ていた私ですら、自分の乗る船が宙に浮いていると確信するまでには時間がかかった。
初めてドラゴンの奇跡を目の当たりにすれば、それが現実だと認識するのは難しいかもしれない。船乗りたちが唖然とした表情で固まっているのを見て、私はそう思った。
甲板上の時計の針が再び動き出すきっかけとなったのはイサークだった。イサークは早足で船縁へと向かい、確かに船底が海面から離れていることを確認すると「ほう」と感嘆の息を漏らした。
「いやはや、これほど派手な奇跡を見たのは久々だ」
それからすぐ、エルドワードがイサークと同じように船が浮いていることを確認し、目が覚めるような大声で、他の船乗りたちに指示を出した。
「お前ら、マストをたため!」
鞭で打たれたかのようにハッとなった船乗りたちは、そそくさと作業に取り掛かった。
「ヨルムさん、このバケモンはーー」
「バケモンではなく、ドラゴンと呼んでください」
エルドワードが私に向けた言葉に、アリシアが割って入ってきた。
ドラゴンをバケモノ呼ばわりされることが、相当腹立たしかったように見える。
私はできる限り自然な振る舞いでアリシアとエルドワードの間に入り、
「あのドラゴンは、人の言葉を理解するのです。寛大な心をお持ちの御方なので、呼び方程度で気分を害されるこおはないかと思いますが……万が一逆鱗に触れた場合、私たちの命など一瞬で消し飛んでしまうので、できる限り丁寧な言葉遣いで接していただきたいのです」
と静かに告げると、エルドワードの顔が目に見えて青くなった。
少し脅し過ぎたかもしれない。
「わ、わかりやした。今後、かのドラゴン様に対して無礼千万な物言いは絶対にいたしやせん。部下たちにも徹底させます」
私が言ったことに嘘はない。ドラゴンは少なくともアリシアの言葉は理解しているし、その逆鱗に触れれば私たちなど一息で消し炭にされるのも事実だろう。
ただ、私はかのドラゴンが私たちに怒りの感情を抱くとは思っていない。かの偉大過ぎる存在が、何かしらの感情を動かすほどの意識を私たちに向けているとは思えないからだ。
かの存在の意識は、アリシアにのみ向けられている。その爪はアリシアの敵に対し振るわれ、その翼はアリシアの自由のために羽ばたく。つまり、アリシアに危害を加えない限り、ドラゴンの意識がほんのわずかでも私たちに向く可能性は限りなく低い、と私は考えている。
そう、これらは私の憶測でしかない。エルドワードのように怯え、逆鱗に触れぬよう万全を期して礼を尽くすのが、ドラゴンより格段に劣る生物種として正しい反応なのかもしれない。
ともかく、マストはたたまれた。
帆船は今、空を進み始める。
ドラゴンの羽ばたきと波打つ海の音だけが騒がしい甲板で、私の説明が空虚に響く。私としても、言葉で理解してもらえるとは思っていなかった。
「と、口で説明しても自分の眼で見なければ納得できないと思いますので、一度ドラゴンにこの船を宙へ浮かせてもらいます」
そう私が言ったのに反応し、アリシアが隣にいる私にも聞こえないほどの小声でドラゴンへ指示を伝える。
すると、ドラゴンは悠然と船の直上へと移動し、両前足でゆっくりとマストの先端を掴んだ。波に揺られていた船が不自然なほど静止した直後、ドラゴンが両翼を力強く動かす。
そして、船が空に浮いた。
水平線が遠くなり、船の側面に打ち付けていた波の音が消えた。
アリシアから説明を受け、事前にドラゴンが軽く触れるだけで巨大な木を軽々と浮かせる光景を見ていた私ですら、自分の乗る船が宙に浮いていると確信するまでには時間がかかった。
初めてドラゴンの奇跡を目の当たりにすれば、それが現実だと認識するのは難しいかもしれない。船乗りたちが唖然とした表情で固まっているのを見て、私はそう思った。
甲板上の時計の針が再び動き出すきっかけとなったのはイサークだった。イサークは早足で船縁へと向かい、確かに船底が海面から離れていることを確認すると「ほう」と感嘆の息を漏らした。
「いやはや、これほど派手な奇跡を見たのは久々だ」
それからすぐ、エルドワードがイサークと同じように船が浮いていることを確認し、目が覚めるような大声で、他の船乗りたちに指示を出した。
「お前ら、マストをたため!」
鞭で打たれたかのようにハッとなった船乗りたちは、そそくさと作業に取り掛かった。
「ヨルムさん、このバケモンはーー」
「バケモンではなく、ドラゴンと呼んでください」
エルドワードが私に向けた言葉に、アリシアが割って入ってきた。
ドラゴンをバケモノ呼ばわりされることが、相当腹立たしかったように見える。
私はできる限り自然な振る舞いでアリシアとエルドワードの間に入り、
「あのドラゴンは、人の言葉を理解するのです。寛大な心をお持ちの御方なので、呼び方程度で気分を害されるこおはないかと思いますが……万が一逆鱗に触れた場合、私たちの命など一瞬で消し飛んでしまうので、できる限り丁寧な言葉遣いで接していただきたいのです」
と静かに告げると、エルドワードの顔が目に見えて青くなった。
少し脅し過ぎたかもしれない。
「わ、わかりやした。今後、かのドラゴン様に対して無礼千万な物言いは絶対にいたしやせん。部下たちにも徹底させます」
私が言ったことに嘘はない。ドラゴンは少なくともアリシアの言葉は理解しているし、その逆鱗に触れれば私たちなど一息で消し炭にされるのも事実だろう。
ただ、私はかのドラゴンが私たちに怒りの感情を抱くとは思っていない。かの偉大過ぎる存在が、何かしらの感情を動かすほどの意識を私たちに向けているとは思えないからだ。
かの存在の意識は、アリシアにのみ向けられている。その爪はアリシアの敵に対し振るわれ、その翼はアリシアの自由のために羽ばたく。つまり、アリシアに危害を加えない限り、ドラゴンの意識がほんのわずかでも私たちに向く可能性は限りなく低い、と私は考えている。
そう、これらは私の憶測でしかない。エルドワードのように怯え、逆鱗に触れぬよう万全を期して礼を尽くすのが、ドラゴンより格段に劣る生物種として正しい反応なのかもしれない。
ともかく、マストはたたまれた。
帆船は今、空を進み始める。
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