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21 アリシアとの対話②

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 時計塔の針が八時を指し示す前に、私はカフェに向かった。
 アリシアはすでに家にいた。昨日までの色鮮やかなドレスでなく、行商人として行動する際に着る地味な男物の服を着ている。
 片手に持っているカップからは、ほんのりとカカオの香りが漂ってくる。多くの紳士のように意地を張って口に合わないコーヒーを頼むことはせず、ココアに甘んじたようだ。賢い選択である。

「待たせてごめん」

「いえ、私も少し前に来たばかりなので」

 私は店主にコーヒーを頼む。
 相変わらず苦いだけの飲み物だったが、苦味のおかげか重い気分が幾分か軽くなった。

「ごめんなさい。私のわがままに付き合わせてしまって」

 私がコーヒーを一口飲んだところで、アリシアが頭を下げた。

「いや、今日は特に予定もなかったから」

「そうじゃなくて。ここ数日、私の自分勝手な行動で気まずい空気を作ってしまっていたことです」

 アリシアから話を誘われた時点で、こういう展開になる気はしていた。私と訣別するつもりだったなら、ドラゴンに乗ってこの都市から去ればいい。そうしないということは、少なくとも今はまだ、私と一緒に行動したほうが有益だと判断したのだろう。だとしたら、ここ数日の態度を謝罪しようと

「自分の扱われ方が不服だからといって、必要最低限の会話以外を拒否するという幼稚な行動を取ってしまったことを、深く反省しています。女性であり、亜ヒト族であり、ドラゴンと会話をする不気味な存在である私に対し、あなたほど対等に接してくれる人はいないというのに、私はあなたの優しさを、当たり前だと誤解していました。本当に、申し訳ありません。今後は、自身の立場をわきまえた行動をします。ですのでどうか、私との関係を継続していただきたいです」

 歪んだ社会通念がまかり通っている現状において、アリシアの謝罪の言葉はすべて正論だった。

「謝罪は受け取りました。私も、君とのビジネスパートナーの関係をやめるつもりはありません。ただ、その代わりといってはなんですが、君には一つ、私のわがままに付き合ってもらいたいんです」

「わがまま、とは?」

「私は君に、商人として一人で生きていけるだけの知識を学んでほしいんです」

「……はい?」

 アリシアは、私の言葉の真意を測りかねているようだった。

「私は君と、対等な関係になりたいんです。もちろん、ヴァヴィリアやザリアードとも。二人に関しては、私に気に食わないところがあれば別の人のところで護衛になれるから、私がどう思おうと、私と二人の関係は対等です。二人ほどの実力があれば引く手数多でしょうから」

 昨日の夜、私はアリシアにどんな話をすべきかを考えた。
 私はアリシアと対等に接していたつもりだった。けれど、彼女は私の接し方に対し、遠慮しすぎだという印象を受けていた。

「これまで私は、君との関係もヴァヴィリアとザリアードの関係と同じだと考えていました。私の知る限り最強の生物であるドラゴンと意志疎通ができる君は、その気になれば私を置いてどこにでも飛んでいけるからです。しかし、その認識は間違っていました。村から飛び出てから私たち以外と生活したことのない君は、私から離れて一人で稼いでいく術を知らない。それゆえ、君には私から離れるという選択肢がなかった」

 私は、ドラゴンという強大な力に目がくらみ、アリシア自身をちゃんと見ていなかったのかもしれない。
 考えてみれば当然なのだが、私とアリシアはまったく違う人生を歩んできた人間だ。彼女がどんな信念や常識を持っているのかを、私は知らない。そんな単純なことを、私はこれまで考えてこなかった。
 考え始めてみれば、私がアリシアに何をすべきかは自明であるかのように思えた。

「現状のままでは、私と君との関係は対等とは言い難い。なので、君にはこれから、商人として一人で生きていけるだけの知識を身に付けてもらいます。私が教えられるのは、商人としての生き方だけですから。そうすることで始めて、君と私は対等な関係になれる」

 アリシアは、怪訝な表情で私の話を聴いていた。

「そこまでして、私と対等な関係になる意味がどこにあるんですか?」

 もっともな疑問である。

「身近にいる人との関係が対等でないと、私が間違った判断を下したときに、誰も止めてくれないでしょう」

 まず言ったのは、理性的な答え。
 いつもなら、ここまでの説明で止める。自分の言動の正当性を納得してもらうためには、合理的な側面からの説明があれば充分だからだ。しかし、これらは相手を説得するための後付けした説明にすぎない。
 私の本心は、もっと単純で非合理な動機だ。

「それに、身近な人にへりくだられるのって、結構つらいんですよ」

 私が本心を明かすと、アリシアの表情は柔らかくなった。どうやら彼女にも、今の私の言葉が本音であると伝わったらしい。私がそう思いたいだけなのかもしれないが。

「わかりました。あなたと対等になれるよう、一生懸命学ばせてもらいます。ただ、物覚えはよくないので、一人前になるまでには時間がかかるであろうことを、あらかじめご了承ください」

「こちらも自分の商売のやり方を人に教えるのは初めてで、スムーズな教え方はできないと思うので、お互い様でしょう」

 ひとまず、最低限の関係改善はできた。
 これから先、関係が今よりも良好になっていくかどうかは、私の行動、いや、私とアリシア双方の行動次第だ。頑張れば頑張るほど上手くいくものでもないと思うので、空回りしない程度に頑張りたいと思う。
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