上 下
14 / 60

14 カフェにて②

しおりを挟む
「ところで最近、アフィルケーンの戦争はどういう風になっているかって知っています?」

 雑談が一段落したタイミングで、私は本題を切り出す。
 アフィルケーンとは、海外にある大陸の名前である。この大陸では常に戦争が起こっており、武器の需要が安定して高いことから、ウインスターズの貿易商は、まずアフィルケーンに武器を輸出し、アフィルケーンからの脱出を希望する人々をイースティアという別の大陸に輸送し、イースティアの特産品である砂糖をウインスターズに輸入するというのが、鉄板の貿易ルートとなっていた。
 しかし、商会支部でブルシットから言われた「最近、相場の変動が激しいから気をつけろよ」という言葉を鑑みるに、私の知っている数年前までの貿易のセオリーが変化している可能性が高い。
 それを確かめるため、私はこの店に大して好きでもないコーヒーを飲みに来たのだ。

「何か変化があったって話は聞かねーな。ただ、数年前から亡命希望者が減ってるって噂はある」

「武器の価格はどうです?」

「いや、特に大きな変化はないはずだ」

 戦争が沈静化して外国へ脱出する必要がなくなったのなら、武器の需要が低下し、武器価格も下がるはずだ。つまり、海外の船に対価を支払えるほどの余裕のある脱出希望者が、アフィルケーンからいなくなりつつあるのだろう。この想定が正しいとすると、今のアフィルケーンにいる人々のほとんどが、戦争の当事者たちと、脱出資金のない貧困層になっているということになる。
 それは、戦争の終結が近いことを意味するのかもしれない。
 戦争の長期化という形態は、膨大な数の戦争と無関係な市民の営みがあって初めて成立する。市民生活のすべてが戦争という圧力に晒されているということは、国家総動員でなければ敵の戦力に対抗できないか、国家総動員で短期決戦に持ち込もうとしているのか、どちらにせよ、そのような戦争は長続きしない。

「まさかお前、アフィルケーンの戦争は近いうちに終わると思ってんのか?」

 店主が、声を潜めて私に尋ねてくる。
 そうなるのは必然だろう。この予想が事実なら、ウインスターズの主要産業の一つである武器製造業の主要な供給元がなくなるのだから。

「しかし、他の貿易商はそんなこと口にしていなかったぞ」

「そりゃ、そうでしょう。ここでそんな噂を流したら、その時から武器の価格が下落し始めます。皆、自分の勝手な憶測で、この都市の武器輸出市場に混乱を招きたくはないのです。親しい仲間内では情報共有をしているのかもしれませんが、店主はお喋りですから」

 私が予想できるということは、現場で物を売っている貿易商の中には気づいている人も多いはずだ。しかし、発言の責任を取りたくないから、沈黙を守っているのだろう。
 ある商品の価格が暴落すると予測された瞬間から、その商品を買いたいと思う商人はいなくなり、価格の暴落が始まる。市場予測のパラドックスとでも呼ぼうか。

「最近、ここに来る貿易商が減ってる感覚ってあります?」

「いや、そんなことはない。むしろ、貿易に関わっている商人の数は増えているはずだ。輸出用の武器の調達が難しくなっているせいで、既存の貿易商が武器調達のために行商人を雇うケースが多くなっているからな」

「なぜ、武器の調達が難しく?」

「さあな。ウインスターズの武器製造が滞っているって話は聞かないから、外からの供給が減ってるのか、武器の輸出量が増えたのか」

 恐らく前者だろう。
 最近、市民が政権の転覆を企んでいるという噂が立っている国がいくつもある。市民階級の中から資本家が登場し、特権階級に匹敵する力を備えるようになったからだ。

「それなのに、武器の価格は変わっていないんですよね」

「ああ。だがそれは、アフィルケーン側がこれ以上、武器の購入価格を上げられないと言っているからだ。あっちも、自分たちが武器を買わないとウインスターズが困るってことがわかってるんだろ」

「アフィルケーンにも、大きく二つの勢力があるわけじゃないですか。この価格で買わないなら、敵側の勢力のほうに武器を売り渡すぞっていえば、嫌でも上昇した価格を受け入れるんじゃないですか?」

「俺も最初はそう思っていたんだが、向こうさん、両勢力で結託して価格交渉をしているみたいでな」

 一瞬、私は店主の言っている意味が理解できず、固まってしまった。

「そういうことができないから、戦争をしているのでは?」

 当然の疑問を投げかけたつもりの私に対し、店主はやれやれとでも言いたげなジェスチャーをした。

「戦争は、二つ以上の国家が、お互いの正義を妥協できないときに発生する、外交の最終手段だ。逆に言えば、お互いの正義が合致する部分であれば、戦争中であっても協力できるんだろうさ」

「……なるほど」

 合理的な発想ではあった。だが、それだけ合理的な発想ができるのならば、いつまでも戦争なんぞを続けないだろう……と思ったが、私より賢いであろうかつての偉人たちが、過去に何度も戦争の火蓋を切ってきたという歴史を思い出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...