異世界ドラゴン通商

具体的な幽霊 

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13 カフェにて①

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 ブルシットに言われたことが気になったので、私はよく貿易商が集まって情報交換をしているカフェに訪れることにした。
 西ディアナ商会の支部から出て、更に人通りの少ない路地を通り抜けた先に、そのカフェ「カフェ・デ・コメリチオ」はあった。傍目からは店であることがわからないほど地味で、明確にここへ訪れようという意志のない者以外は入ろうと思わせないような造りをしている。
 木製の重い扉を押して中に入ると、扉に付いていたドアベルが軽やかに鳴り、中にいる数人から鋭い視線が向けられる。

「なんだ、ヨルムじゃねえか。久々だな」

 カウンターでカップを磨いている白髪の店主が私のことを知り合いだと認めたため、客の視線がそれた。
 薄暗い店内には、コーヒーの香りが漂っている。カウンター席は空席だったが、テーブル席のいくつかには数人ずつ客が座っており、小さな声で会話をしていた。
 この店は、基本的に常連客からの紹介という形以外での入店を断っている。これは、情報交換を主たる目的とした特権階級以外の人々が集まる場であるというこの店の性質上、政治活動家のような人も多く出入りしており、そうした客の逮捕するために、警察が客の振りをして潜入してくることがあるからなのだそう。

「お久しぶりです。とりあえず、コーヒーを二杯お願いします」

 カウンター席に座り、アリシアに隣へ座るよう促す。

「なんだ、ちょっと見ない間にそんな別嬪さん連れ歩くようになったのか。ここに来なくなったから、どっかで野垂れ死んだんだと思っていたが、上手くやってたみたいだな」 

「行商をやってたんですよ。ずっと船に乗ってたら身体が持たないと思って」

「ほう。その若さで身体が持たんとは、最近の若いもんは軟弱になったもんだ」

 店主は昔、西ディアナ商会に所属して貿易商として一財を成した商人で、加齢で船に乗るのが難しくなったため、このカフェの経営を始めたらしい。
 私が店主と知り合ったのは、貿易商をする際に必要な知識を得ようと西ディアナ商会の伝手を辿っていた時。酒場でたまたま意気投合した商人が、この店を紹介してくれた。私はその店の客層からすると群を抜いて若かったこともあり、随分と店主には贔屓にしてもらった。

「これ、何?」

 店主から差し出された黄土色の液体を見て、アリシアは困惑の表情を浮かべて私を見た。

「コーヒーだよ。海外でよく飲まれている飲み物で、最近ではここら辺でも流行ってるんだ」

 そう説明し、先にコーヒーを飲んで安全性を証明する。
 正直、この苦みを砂糖と牛乳で誤魔化す香りだけが取り柄の飲料がなぜこんなにも流行っているのかは、私にもわかっていない。自分はこの程度の苦味など容易に我慢できる、という紳士特有のマゾヒズムを刺激する行為だから、というのが、私の予想である。

「へー」

 私が飲んだのを見て、恐る恐るカップに口を付けたアリシアは、カップを少しだけ傾けた後、わずかばかり顔を歪ませた。

「ハッハッハ、お嬢さんにはまだコーヒーは早かったか」

 それを見た店主が笑ったのを見て、ムッとしたアリシアは、カップを一気に傾けて、勢いよくソーサーに戻した。見事、カップは空になっていた。

「ご馳走様です」

 キッとした表情で店主を見据えたアリシアに対し、店主は、

「面白い嬢ちゃんだ。さっきは舐めたことをいった。謝罪する」

 と言って、「どうだい? もう一杯。謝罪の印として奢らせてもらいたい」と二杯目を勧めた。

「お断りします。私、苦いもの得意じゃないので」

 アリシアがはっきりとそう言ったので、店主と私は大笑いした。
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