上 下
6 / 60

6 アリシアとの出会い②

しおりを挟む
「では、アリシアさん。私と取引をしませんか。私があなたの欲している食べ物を売る代わりに、私はあなたの、正確には、あなたとあなたの後ろにいる方の労働力を買いたいのです」

 ゼロから始める交渉の鉄則として、まずは簡潔に結論を述べる。
 そして、間髪入れずに説明を始める。

「私でなくても、あなたに食べ物を恵んでくれる人は現れるでしょう。しかし、あなたとあなたの後ろにいる方の両方に、食べ物を買うためのお金の稼ぎ方を教えられる人は、そうはいないと思います。私はあなたたちに魚を渡したいのではなく、魚の釣り方を教え、あわよくば私と一緒に魚釣りに出かけてほしいのです」

 アリシアの瞳に猜疑心が浮かんできたのがわかり、私は一安心する。少なくとも、私の言っていることが伝わらず、交渉にならないということはなさそうだ。
 ただ、別の問題はあった。私がこれからどのように話を展開していけばいいか考えていないのだ。つい先ほどまで、ドラゴンに護られた少女と交渉しているなどとは露ほども考えていなかったのだから、当然ではあるのだが。
 まあ、見切り発車でここまできた以上、うまくまとめてみせよう。

「ところで、一つ訊きたいのですが、あなたとあなたの後ろにいる方のご関係は?」

 一旦、会話の主導権を相手に渡し、状況を整理するための時間を確保する。

「彼とは私が幼い頃から一緒に暮らしてきたんです。信じられないかもしれませんが、私の住んでいた村では、ドラゴンと共に生活をするのが普通だったので」

 彼女の目的は、食料の確保。
 丁寧な言葉遣いから、最低限の教育は受けているだろう。
 食べた分は自分で働いて返すという意図の発言から、ドラゴンで我々を脅して食料を強奪する気はなさそう。
 ドラゴンに恐怖する村人に配慮した発言があったことから、ドラゴンの威光を使って交渉を優位に進める気もなさそう。このことから、ドラゴンを傭兵として貸し出すといった商売は好まなそうだ。

「いえ、信じますとも。神話上の存在だと思っていたドラゴンが目の前にいるのですから、今なら大抵のことは信じてしまえそうです」

 状況を整理したところ、まだ情報が足りない。

「しかし、アリシアさんはどうして村を出てきたのです? わざわざこの村に食べ物を恵んでもらいにきたということは、もう自分の村からはかなり離れてしまったのでしょう」

 少々強引だが、これを訊かなければ、アリシアの望んでいる提案ができないと思った。
 こちらから交渉を始めた以上、相手の望み通りの提案をしなければ、交渉は成立しない。
 個人的な事情に踏み込んでいる自覚はあったので、私はアリシアとの距離を縮め、外の村人に聞こえない声量で会話できるように配慮した。護衛の二人が近づいてこないよう、手で制しておく。

「私は、あの小さな村で一生を終えるのが嫌だったんです。せっかく、こんなに広い世界に生まれてきたのに、外は怖いところだと決めつけて、自分の知っている範囲だけで生活する大人にはなりたくなかったんです。だから、彼と共に飛び出してきました」

 そういう思いがあるのなら、彼女が満足できる提案をできるだろう。

「ならば、私と共に来ませんか。私は商品を運んで世界中を飛び回ることを生業とする商人です。あなたとあなたの後ろにいる方が、私と私の商品を運んでくださるのであれば、あなたがたを世界中の街々へと案内できます。あなたの後ろにいる方なら、多少の荷物を持って飛ぶことくらいわけないでしょう」

 渾身の熱量で具体案を提示した私は、最後に結論を述べる。

「私はあなたがたに、空飛ぶ荷馬車と、その荷馬車の御者となってほしいのです。そうしていただけるのであれば、この広い世界の歩き方をお伝えしましょう」

 ドラゴンを空飛ぶ荷馬車と喩えるのは失礼な気がしたが、私の言いたいことは伝わったはずだ。
 アリシアはしばらく考えていたが、やがて顔からふっと力が抜け、微笑みを浮かべた。

「わかりました。あなたに賭けてみます」

 その微笑みは、私への信頼というより、私以外への諦めを意味しているのだろうと思った。

「私に賭けたことを後悔させないと、商業の神ヘルメスに誓います」

 手を伸ばし、硬く握手をした。
 彼女の筋張った手の冷たい感触は、今でも鮮明に思い出せる。

「まずは食事にしましょう。この村のマッシュポテトはとても美味しいんです」

 かくして、私とアリシアは出会った。
 今のところ、私に賭けたことを後悔させてはいない、と信じたい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完】転職ばかりしていたらパーティーを追放された私〜実は88種の職業の全スキル極めて勇者以上にチートな存在になっていたけど、もうどうでもいい

冬月光輝
ファンタジー
【勇者】のパーティーの一員であったルシアは職業を極めては転職を繰り返していたが、ある日、勇者から追放(クビ)を宣告される。 何もかもに疲れたルシアは適当に隠居先でも見つけようと旅に出たが、【天界】から追放された元(もと)【守護天使】の【堕天使】ラミアを【悪魔】の手から救ったことで新たな物語が始まる。 「わたくし達、追放仲間ですね」、「一生お慕いします」とラミアからの熱烈なアプローチに折れて仕方なくルシアは共に旅をすることにした。 その後、隣国の王女エリスに力を認められ、仕えるようになり、2人は数奇な運命に巻き込まれることに……。 追放コンビは不運な運命を逆転できるのか? (完結記念に澄石アラン様からラミアのイラストを頂きましたので、表紙に使用させてもらいました)

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

ワンダラーズ 無銘放浪伝

旗戦士
ファンタジー
剣と魔法、機械が共存する世界"プロメセティア"。 創国歴という和平が保証されたこの時代に、一人の侍が銀髪の少女と共に旅を続けていた。 彼は少女と共に世界を周り、やがて世界の命運を懸けた戦いに身を投じていく。 これは、全てを捨てた男がすべてを取り戻す物語。 -小説家になろう様でも掲載させて頂きます。

処理中です...