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死という逃げ道

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 晴彦の所にお茶を汲んできた深咲は、自分に気付く様子もなく一心に空を見上げている晴彦を見て、声をかけたくなった。

 「晴彦様は、どうして画家になられたのですか?」

 内容は、彼女が一番気になっていた事。単純な興味から来るものだ。
 深咲の素朴な問いに、晴彦は一瞬戸惑った。この女はどうしてこんな事を訊くのかについて一通り考えを巡らせた結果、特に考えなしでのものだろうと結論付け、回答を述べる。

 「結論から言えば、絵が売れたから。小さい頃から色々な絵を描いて、色々なところに応募したり、持って行ったりしていて。それが少しづつ評価されるようになってきたから、学校を卒業する頃には絵だけで生活できるだろうって思えたんだ」

 深咲が思いのほか真剣な眼差しで聴いているのを見て、彼はもう少し内容を付け足すことにする。彼は、彼女が自分の成功譚を聴きたいのではないだろうと感じていた。

 「正直、親が残した資産があったから、食べることは困らないだろうっていう考えもあったよ。だけど、画家になろうと思った一番の理由はそこじゃない」

 ここまで言っておいて、彼はこの先を話すか迷った。言ったところで彼女は信じないだろうから。
 少しの間考えた彼は、久々に絵のこと以外を真剣に考えている自分に驚いた。いつの間にか眠気も覚めてきている。
 彼は不思議と、彼女ならば自分の素っ頓狂な物言いを信じてしまうかもしれないという気がしてきた。直感に従って生きる彼は、話を続けることに決めた。

 「九十九家は代々、悪魔と契約しているんだ。契約内容は、自分の寿命と引き換えに、自分の余命がわかるようにするってもの」

 深咲は一瞬、冗談を言われたのかと思った。だが、晴彦の口元に浮かんでいた笑みは、彼女の両親が自分の夢を語った彼女に対して向けた嘲りではなく、彼女自身が自分の夢を思い出した時に浮かべてしまう自虐的な笑みだった。
 
 「正確に言うと、契約し始めたのは初代の九十九家当主なんだけどね。それで、僕の一族は生まれた時から死ぬ日が確定してたんだ。だから今、僕はこうして芸術の世界へ挑戦することができている。この挑戦が報われなくても、報われない事に気付く頃には死んでしまえるとわかっているからね」

 彼女は、彼の話が事実だと確信した。それゆえに彼女は、振り絞ったような声で言った。

 「死んでしまうことがわかっているなら、別に、そこまで必死に何かをしなくてもいいんじゃないですか。何があなたを、そこまで突き動かすのですか」

 彼女は今まで、どうやって生きていくかを考えていた。だから彼女は、彼の考え方を理解できなかった。どうせ死ぬのならば、何をやっても無駄になると考えているから。
 彼はこれまで、死ぬまでに何をするかを考えていた。だから彼は、彼女の言葉の因果関係が理解できなかった。死んでしまうことがわかっているからこそ、彼は必死に今を生きているのだから。
 
 「死んだように生きるより、生き生きと死にたいと思うんだ。僕は」

 晴彦は静かに笑ってお茶を飲み干し、自分の部屋へと歩いて行った。

 深咲はその場で立ち尽くし、静かに夜空を眺めていた。 
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