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穏やかな春、静かな家、聞こえてくる鳥たちのさえずり②

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 料理の練習は、大変だった。 

 私が包丁を振るう度に、雪歩さんの穏やかな悲鳴が響く。私が塩を撒くたびに、雪歩さんは頭を抱える。自分ではちゃんとやっているつもりなのだけれど、どうも上手くいかないのだ。始めの方は「最初だから仕方ないわよ」と言ってくれた雪歩さんの笑顔が、最後の方は引きつってしまうほどに、私の料理スキルは惨憺たるものだった。

 それでも何とか形にはなった私の料理を見て、雪歩さんはフーっと大きく息を吐いてから笑顔になった。
 
 「丁度五時だし、この料理、あの人に食べさせてみましょうか」

 「そんな!こんな料理を食べさせたら体に毒ですよ!!」

 「毒なんて入れてないでしょ。塩だって、私が測って小皿に入れていたのを振っただけなんだから」

 「それはそうですけど……」

 「生で食べたって死なない食材だから大丈夫よ。ほら、いいから。早くあの人呼んできて」

 「……はい」

 雪歩さんに押される形で、私は悶々とした気持ちのまま、晴彦様が絵を描いている部屋の前まで来た。
 いつもと同じようにノックをする前に深呼吸すると、仄かに油絵具の匂いがした。

 「晴彦様。もう五時ですが、夕食はどういたしますか?」

 ノックをした後の最後の悪あがきとして、晴彦様が断りやすいように疑問形で話しかける。

 「食べる。何時にできる?」

 けれど、返事は速攻のイエス。
 いつできるかという問いかけに対して答えが分からなかった私は、急いで一階に下りて雪歩さんに確認する。
 
 「料理の盛り付けって、どのくらいかかりますか?」

 料理を運んだことしかない私は、雪歩さんがやっている良い感じの盛り付けにどれほどの手間がかけられているのか、わからなかったのだ。

 「盛り付けなんて五分もかからないわ」

  教えてもらったら、すぐに階段を上り、扉の前で声を出す。

 「後、五分でできます」

 その後すぐに階段を下り、雪歩さんに教えてもらいながら、ていうかほとんど雪歩さんにやってもらって、料理をそれっぽく盛り付け、テーブルの上に並べた。
 その後しばらくしてから、晴彦様は濡れた髪に上気した顔をして現れた。どうやら、シャワーを浴びていたみたいだ。
 すぐに席について食べ始めた晴彦様は、特に何も言うことなく、黙々と食べ続けていた。

 「あの、味はどうでしょうか?」
 
 あまりにも普段通りだったので、私は質問したい衝動を抑えられなかった。
 
 「個性的な味だね。僕は嫌いじゃないよ」

 この質問に対し、私を見て合点がいったように頷いた晴彦様は、雪歩さんによく似た優し気な笑顔でそう言った。 
 
 「本当ですか!」

 予想外の回答に思わずにやけてしまう私。まさか、もしかすると、何かの間違いで美味しく料理できていたのかもしれない。

 晴彦様は結局、私が作った料理を全部食べてくれた。
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