円環

Pomu

文字の大きさ
上 下
7 / 15

7

しおりを挟む
それから、結婚をきっかけに私は仕事を辞め、専業主婦となり、新しい生活が始まった。

そして穏やかに、緩やかに、一年ほどの月日が流れた。





「なんか、緊張してきたな…」



ハンドルを握りながら、夫が呟く。

車は空いた高速道路を走っていて、この調子なら予定より三十分ほど早く、父の暮らす実家へ到着することになるだろう。

彼が緊張するのも無理はないし、私も、胸がはちきれそうな思いだった。





「大丈夫よ。お父さん、孫が出来るの楽しみにしてたし」



結婚して、一年。

双子を妊娠していることがわかったのは、一週間ほど前のことだった。





まだ、実感は湧かない。

自分が母親になるということも、二つの命がこのお腹の中にあるということも。





内心の不安を隠すように、私は窓の方へ顔を向けた。

通り過ぎていく景色が、少しずつ見慣れた風景に変わっていく。

父はきっと、喜んでくれるだろう。

その隣に、母がいたら。



古傷が疼くように、最近、母のことを思い出すことが増えた。

聞きたいことが、沢山ある。

話したいことが、本当に沢山。



母はどこかで今、私を見てくれているのだろうか。

彼と、同じように。







物思いに耽っている間に、車はいつの間にか実家のガレージに停まっていた。

到着は夕方になるだろうと予想していたが、まだ空は明るい。

実家の鍵には、懐かしいキャラクターのキーホルダーがぶら下がっている。

私は、緊張で少し強張った指で鍵を開け、中に入った。






父は、私たちを快く迎え入れてくれた。

今は、リビングのソファに腰掛け、夫と談笑している。

その姿を見ていると、二人がまるで本当の親子であるように見えてくるから不思議だ。





暫くして、父は庭の花に水をやるため席を立った。

二人の仲睦まじい雰囲気に、何となく話しかけられないでいた私は、この機を逃すまいと庭へ続く窓のそばにある肘掛け椅子に座り、父の後ろ姿に声をかけた。





「ねぇ、お父さん」

「ん?」



楽しそうに吹いていた口笛を止め、父が返事を返す。

ジョウロから、水の流れる音が聞こえている。





「私ね、妊娠したの。お父さん、お祖父ちゃんになるんだよ」



ジョウロの先から流れていた水が止まり、父が驚いた様子で振り向く。





「そうか!……そうか…」



噛み締めるように、父は何度も頷き、そして笑った。




  
「良かったなぁ…おめでとう」



感慨深げに呟き、前に向き直って水やりの続きを始めた。

また、楽しそうな口笛が聞こえる。





「それだけじゃないの。実はね、双子なんだって」





口笛と、水の流れが止まった。

父の、息を呑むような声。





なぜか、一瞬空気が凍り付いたような感覚がしたが、すぐにまた水の音が聞こえ、父がゆっくりと振り向いた。





「そうか。…賑やかになるな」



そう言った父の笑顔は、心の底から、喜んでいるように見えた。

二人の幼い孫に囲まれ、朗らかに笑っている父の姿が目に浮かぶ。





ほんの少しだけ、自信がついたような気がした。

きっと、想像した通りの幸せな未来が待っているだろう。

何の疑いもなく、そう思えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

処理中です...