円環

Pomu

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次に気がついた時、私は見知らぬ草原に一人立っていた。

手には、あの携帯電話が握られている。

ここは、どこだろう。

私は夢でも見ているのだろうか。





少しだけ歩いてみると、草を踏む音がする。

歩いている感覚もある。

夢とは違う。

でも、現実の世界でないことは、周りの景色を見れば明らかだ。

広い草原と高い青空。

こんな場所は知らない。





でも、母はきっとこの場所を知っていた。



この場所に、母の隠していた何かがある。





歩いていくと遠くの方に、人影が見えた。

男性らしき、後ろ姿。

一瞬、引き返そうかとも思ったが、ここには引き返す場所なんてない。

今、私は元の世界に帰る方法も知らない。

前に進むしかない。

私は、その人のもとへゆっくりと歩いていった。







「………あの…」



恐る恐る声をかけると、その男性はゆっくりと振り返った。

なぜか顔の辺りが白い靄に包まれてよく見えない。





「…驚いたなぁ。まさか、まどかがここに来てくれるなんて」

「……え…?」



円、とは、私の名前だ。   





「どうして知ってるの?」

「何を?」

「私の名前。ここは何なの?あなたは誰?母のこと…」



矢継ぎ早に質問をする私の手を、彼はそっと両手で包み込んだ。

温かい、優しい手だった。





「知ってるよ。そうか…。お母さんは、死んでしまったんだね」



死んでしまった。

そう、母は死んでしまった。

もう、どこにもいない。





その瞬間、まるで糸が切れてしまったように、膝から力が抜け、私は草の上に座り込んだ。

彼が、目線を合わせるようにしゃがみこむ。

白い靄のせいで表情はわからないが、一瞬、ほんの一瞬だけ、優しい瞳が見えたような気がした。





「辛かったね、円」



『円』





彼の声と、母の声が重なる。





私は、もう涙を抑えることができず、子供のように、大きな声を上げて泣いた。



背中を撫でる彼の手が、優しく、ただ暖かかった。
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