9 / 21
9
しおりを挟むあれから一ヶ月。
この奇妙な同棲生活にも漸く慣れてきた。
最初は遠慮ばかりしていたマコも、今は肩の力が抜けて、時々は我儘も、言うようになった。
「マコ!帽子被って」
「うん!」
「今日はハンバーグにしようか」
「やったぁ!」
耳を隠すための帽子を被って夕飯の買い物に行く。
マコの食の好みは、真さんよりは、俺によく似ていた。
「マコ、ビール取ってきて」
「はーい!」
その返事は子供っぽいけど、年齢的にはもうすぐ二十八になるらしい。
皮肉にも、真さんと同い年だった。
「乾杯!」
「カンパーイ!」
二人の晩酌タイムは、真さんとの恒例の時間だった。
マコも、それに付き合ってくれている。
真さんは、とても酒に強かった。
俺が潰れてしまうような量を飲んでも、殆ど素面のままだったりして、同じ量を飲んで、俺だけが介抱してもらうなんて情けない事態が何度もあった。
マコは、そこも、真さんより俺に似ていて、俺たちの晩酌は、まるで老夫婦のようにまったりとしている。
「おやすみ、マコ」
「おやすみ、圭くん」
マコには、下の名前で呼んでもらっている。
真さんは、幾ら言っても恥ずかしがって、俺のことを、名字から取ったヤスという仲間内でのアダ名でしか呼んでくれなかったから。
一緒に暮らしてみれば、やはりマコは真さんとは違う人間なのだと思い知らされる部分が多くて、ふとした瞬間にマコの中に真さんを感じることはあるけど、段々その回数は減ってきている。
俺は、そんな日々の中で、気が付けばいつの間にか、笑えるようになっていた。
マコのしたこと、言ったことに笑っている時、俺は、真さんのことを、一瞬、忘れている。
何もかも忘れて、ただ目の前の穏やかな現実に笑っている。
もしかしたら、俺はこのまま、真さんを忘れてしまうかもしれない。
そう考えると、恐ろしくなる。
忘れたくなんかない。
忘れられるはずがない。
忘れるなんて、最低だ。
真さんは今も、この世界のどこかで苦しんでいるかもしれない。
天国なんてこの空の上にはなくて、知らない場所で、一人で怯えているのかもしれない。
真さん…
大丈夫、俺は真さんを忘れたりなんてしない。
一人になんてさせない。
自殺なんてしたら、真さんに合わせる顔が無いから、だから生きてる。
そうだ。
俺は、死ぬために生きていたんだ。
いつか真さんのところに行くために。
そのことを、忘れかけていた。
ごめんね、真さん。
もう少しだけ、待っててね。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
バラのおうち
氷魚(ひお)
BL
イギリスの片田舎で暮らすノアは、身寄りもなく、一人でバラを育てながら生活していた。
偶然訪れた都会の画廊で、一枚の人物画に目を奪われる。
それは、幼い頃にノアを育ててくれた青年の肖像画だった。
両親を亡くした後、二人の青年に育てられた幼いノア。
美男子だけど怒ると怖いオリヴァーに、よく面倒を見てくれた優しいクリス。
大好きな二人だけど、彼らには秘密があって――?
『愛してくれなくても、愛してる』
すれ違う二人の切ない恋。
三人で過ごした、ひと時の懐かしい日々の物語。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる