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14 海の底
しおりを挟む「どうしたの?ぼーっとして」
大きな青い瞳が私の顔を覗き込む。
隣国からやって来たこの美しい女性は、数ヶ月前、沢山の国民が見守る中、私の妻になり、そして我が国の王妃となった女性だ。
その日は、どこもかしこも夜通し宴が行われ、祝いの声が止むことがなかった。
今でも、彼女は時折話題にする。
あんなに祝福されたことは、人生で一度もなかったと。
「いや、何でもない。行こうか」
彼女の細くしなやかな手を取り、庭を散策する。
美しく咲き誇った花々が、甘い香りを漂わせている。
楽しそうにドレスの裾を揺らす彼女とは裏腹に、私はまたも、宙へ視線を彷徨わせた。
そういえば私はあの日も…今のようにどこかぼんやりとした気持ちで、彼女の横に立っていた。
国民の祝福の声も、ざわざわと、まるで遠い波音のようで。
私は、きっと彼女を愛していない。
『愛』というものを考える時、なぜか私の頭の中には、見知らぬ光景が浮かぶのだ。
ゆらゆらと揺れる水面、海鳥の鳴き声、潮風に靡く金色の髪、美しい歌声。
誰かに話せるはずもない。
彼女と結ばれるその瞬間でさえ、私は見たこともないはずの海の世界に思いを馳せ、心ここにあらずだったのだから。
私を海の底から引き上げた、あの白魚のような手は誰だったのか。
海の底で確かに聞いた、あの美しい歌声は。
忘れられないのに、はっきりと思い出せない。
あの優しい歌声、風に揺れていた金色の髪、冷たい手、その長い足は…
「ほら、バラが綺麗ですよ」
ふっと意識が現実に戻り、私は彼女に微笑みかける。
むせ返るような薔薇の香りが、ぼんやりとした記憶を、砂のようにさらっていく。
いずれ、全て思い出せなくなってしまうのだろう。
あの声も、髪も、手も。
泡のようにパチンと、弾けて消えてしまうのだろう。
暗く深い、海の底へ。
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