黒庭 ～閉ざされた真実～

捜査最終日

８１. 十一日目（謹慎三日）、魔の三角地帯への捜査③

　一分が経過して目を瞑って呼吸を整えた後藤は覚悟を決めて言葉
を発した。
「今の僕には正直、理解出来ませんが聞かせて貰いますと言った手
前、このまま逃げ出すのは勝負に負けた気がして……」
「どうなるんですか？」
「自分が許せなくなり、この先に進んでも、きっと悔やむ時が来る
と思います！」
「そりゃそうだろうね。君が欲しがっている情報を僕が握っている
かもしれない訳だからね。相手を怒らせるのが得意であっても確実
性を失う可能性がある事はやってはいけないと思うし、自分が怒っ
てチャンスを棒に振るのは最もやってはいけない行為だよ」
　山城が大きく開いた目で相手を見詰め、その視線を避けずに正面
から受け止めた後藤は力強い声を発した。
「しばらくの間、少しでも無の境地に近付けるように努力しますっ」
「後藤巡査は面白い人だ。他人の話を聞くのに努力しますって本人
に向かって言った人に初めて会ったよ。君に興味が出て来た」
「それはどうも。愚痴というのは具体的にどんな内容なんですか？」
「おう、そうでしたな。授業がツマラナイと言われ続けた苦悩を少
しだけ警察の人にも聞いて欲しかったんですよ」
「そうでしたか。分かりました。僕で良ければ」
　さっきまで動揺していた事が幻だったのではないかと錯覚してし
まう位に腰を落ち着かせて耳を傾けている後藤が居た。事件を追う
だけが警察の仕事ではないと初心に帰っており、会話を進める内に
二人の間に笑顔が出始めていた。


　教科は国語であったがバラエティに富んだ知識がある訳ではなく
淡々と進めていき、黒板の内容をノートに書き写す時間が極端に短
く、全体の半分を消すのが癖になっていたそうだ。生徒からの挙手
ではなく、強制的に当てる手法も生徒から嫌われている原因の一つ
であった事を退職間際に聞かされて三日間、食事が喉を通らなかっ
たそうだ。先生は先生なりに話術に定評がある先生からの助言を貰
ったりと努力をしてみたものの目に見える成果は出なかったので、
長年染み付いた活気の無い授業を続ける事になったそうだ。

　愚痴を聞いて１時間が経とうとした頃に突然、席を立ち上がり、
最中と熱い緑茶を後藤の前に差し出して咳ばらいをする山城。

「長い間、僕の過去を聞いてくれて本当に有難う。きっと何の役に
も立たない内容だったかとは思うが心が救われたよ」
「いえ、僕も焦ってましたし、少し生意気だったかと思います」
「あなたは、とても正直な人だ。あなたと接していると木島課長が
話していた理想の後輩像にピッタリと当てはまりますよ」
「アチチッやっぱり、ここに来てたんですねっ」
「火傷しては私が責任を感じてしまいますので最中を完食して茶を
飲み干した後に事件に繋がるであろう重要人物の連絡先もお話しし
ますよ。過去のエピソードも添えてね」
「願ってもない話なので直ぐに聞きたいのは山々ですが猫舌なので
冷ましながら頂きます」
　後藤は山城の自信たっぷりな口調に対して、この人は犯人を知っ
ているのかもしれないという気持ちの方が強くなっていった。