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そんなことで国は滅びない

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聖女アーニャは激怒した。

「この怨み晴らさでおくべきか、エルエムエッサイム!」

幸い神はこの呪文を知らなかったので何も起こらなかった。

しかし、その様な事情を知らぬ者たちは恐れおののいた。

「聖女アーニャが怨みと言っていた。」
「聖女アーニャが呪いを放った。」
「聖女アーニャに対してそれ程の仕打ちをしたのか。」
「きっと神罰よりも恐ろしい罰が与えられるに違いない。」


噂は瞬く間に街から街へ。


「聖女アーニャの呪いを受けた者は見る見るやせ細っている。」
「聖女アーニャの呪いを受けた者は毎夜奇声を上げている。」
「聖女アーニャの呪いを受けた者の家では使用人が次々辞めている。」


やがて国の中心である王都、そして王にまで伝わってしまったのである。
ただならぬ噂に王は事態の調査を命じた。

やがて少しずつ確認された事実が報告された。

「当事者は聖女アーニャとジュオン伯爵家。」

「小間使いと令嬢の教育係が辞めている。」

「伯爵とその令嬢が夜に限らず叫び声を上げている。」

「伯爵家の者は皆、食事が摂れる状態では無くどんどんやせ細っていっている。」

王は呪いを確信し、国にまで及ぶのではないかと連日重臣を集め話し合った。
だが聖女アーニャが既に出国したと聞き絶望した。


取り敢えず伯爵を呼び出し、いざと成ったら伯爵を処分する事で解決を図る事にした。

「ジュオン伯爵、聖女アーニャの怨みを買ったと言う話は真か。」

「は、はい、わたくしの不徳の至りにございます。」

噂どおりジュオン伯爵はやせ細っていた。
領地から王都まで来させたのも酷で有ったかとは思うが、事は国の危機である。

「何故その様な事になったのだ。」

「我が娘、そして使用人の教育が行き届かなかったせいでございます。
その責は我が身にございます。」

「娘と使用人か。
聖女アーニャとの間に何が有ったと言うのだ。」

「あれはシーズン最後のモンブランが販売される日でございました。」

王たちは「モンブラン?」とは思ったが口を挟まず聴くことにした。

「我が娘が急に最後のモンブランを食べておきたいと申しまして、店に予約を入れる事無く使用人を買いに走らせたのでございます。」

王たちは既にジュオン伯爵が呪いでおかしく成っているのではないかと顔を見合わせている。
若干名、「最後のモンブランなら食べたいよね。」とか思ってる者も居た。

「娘の命を受け、使用人は家族分5個のモンブランを買ってしまったのです。」

家族の分を忘れず頼んだ娘もきちんと買った使用人も立派ではないか、との雰囲気が広がった。
だが、やっぱり伯爵は正気なのか疑ってはいる。

「ですが、それによってモンブランを買おうと並んでいた聖女様の分が無くなってしまったのです。」

「「「何と言う事を!!」」」

「翌日店の者がモンブランが無くなった事を知った聖女様が謎の呪文を唱えていたと知らせてくれました。
小間使いはそれを知り、責任を感じて辞めてしまいました。
娘の教育係も娘の迂闊な行動に責任を感じ辞めました。
わたくしは即座に聖女様のお泊りになっている宿へ向かい、謝罪しました。」

「まあ、当然だな。
それでお許しは頂けたのか?」

「はい、聖女様は目の前で品切れとなったので思わず言ってしまっただけだと言って下さいました。
ですが、わたくしとしては申し訳なく、どうにかモンブランを用意すると申し出ました。
聖女様は2日後には隣国へ出発するとの事で、無理はするなと言って下さったのですが。」

「うむ、そこは無理にでも用意せねばならぬな。」

「はい、領内、領外を問わず栗を探し回らせましたが、シーズンは終わっていましたので中々集まらず、連日報告に悲鳴を上げてしまう程でした。
集まるか心配で家族全員、食事も喉を通らぬ有様でした。
ですが、出発当日にはどうにか材料も集まり店にモンブランを作らせる事が出来ました。
聖女様の出発前にはモンブランを味わって頂き、お褒めのお言葉も頂きました。」

「おお、では、我が国は滅びないのだな。」

王や重臣たちは安堵した。

「え?モンブランで国が滅びるのですか?」

伯爵は何の話だか判らなかった。
王たちの正気を疑ったが口に出せる訳も無い。


やがてジュオン伯爵領のモンブランは『聖女様のモンブラン』として有名に成り、聖女アーニャの死後には毎年シーズン終わりに教会に捧げられる様になった。


「ちょっと、神様、それわたしの。
食べ物の怨みは怖いんだぞ。」
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