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「おい、なんだよおまえ!」
怒鳴り声に驚いた彩香は、キーホルダーを持ったまま急いで正門の中に入った。
そこには、細身で背の高い男子生徒と、転んだまま立ち上がれない女子生徒がいた。
「ご、ごめんなさい・・・」
女子生徒は立ち上がることもできないまま、震えながら怒り顔の男子生徒を見上げていた。
「カバン、水浸しじゃねえか!」
言われるままに落ちているカバンを見た女子生徒は、さらに顔色を失って、目にいっぱいの涙を浮かべた。
女子生徒の涙に気づいた彩香は、慌てて女子生徒に駆け寄った。
「大丈夫?」
「ひゃぅ!だ、だいしょ、うぶ・・でしゅ・・」
彩香が突然来たことに驚いた女子生徒は、涙目のまま彩香を見つめた。
彩香は女子生徒をひとまず置いて、つかつかとカバンの方へ向かい、水たまりに落ちているカバンを拾い上げた。そして、自分のバッグの中からタオルを取り出して、水に濡れたカバンを拭いた。
「はい、これでいいでしょ!水たまりキレイだったから、そんなに汚れてないよ」
男子生徒は突然入ってきた彩香に驚いたようだったが、渡されたカバンを少し見回した。そして汚れていないことを確認すると、女子生徒をひと睨みして、ムッとした顔のまま立ち去った。
彩香は過ぎ去る男子生徒をしばらく見ていたが、思い出したように、転んだままの女子生徒の元に戻った。そして、女子生徒の前にしゃがみ込んで、ハンカチで涙を拭いてあげた。
「もう行っちゃったから大丈夫よ。立てる?」
「は、はい・・・」
小柄でふわふわなショートヘアの女子生徒は、差し出された彩香の手に捕まって、おどおどと立ち上がった。
「制服、少し汚れちゃったね。あっちにベンチあるから行こう」
そう言って優しく背中に手を添えて、彩香は女子生徒をベンチに連れて行った。
「あ、ありがとう、ございましゅ・・・」
彩香にホコリを払われてからベンチに座った女子生徒は、まだ少し涙声のまま彩香にお礼を言った。
「少しは落ち着いた?」
「くすん、くすん」
まだ涙が止まらないようなので、彩香は、背中に手を添えたままハンカチで涙を拭いてあげた。
「もう大丈夫だからね・・・私は遠野彩香。一年生よ。あなたも一年生よね?」
「ひゃ、はい・・わ、わらひ、は・・・と、藤野、ゆず・・・」
「あら、苗字同じ?わたしは遠い野で遠野よ」
「わ、わたし、は、ふじのでしゅ・・・」
「そうなんだ。一字違いなのね。クラスはもう確認した?」
「い、いえ・・・友達からもらった、大切なキーホルダー、落としちゃって、探してて・・・」
「え?もしかしてこれ?」
彩香は先程制服のポケットに入れてしまったキーホルダーを取り出して、ゆずに見せた。
「あ!ななちゃん!」
「そっか、これ、ゆずちゃんのだったんだね」
「はい、ありがとうございます。さ、さいか、さん・・よかったぁ」
ゆずはキーホルダーを両手で受け取り、愛おしそうに見つめた。
「ゆずちゃんは、一人で来たの?」
「はい・・・わたし・・・中学私立で、高校もある学校だったから・・・あまり外部に出る人・・・いなくて・・・」
「そうなんだ。ゆずちゃんはどうして、ここ受けたの?」
「わたし・・・は・・・怖がり・・・で、一人じゃ・・・何も・・・できなくて・・・高校も同じ・・・だったら、ずっとそのまま・・・に・・・なっちゃいそうだったから・・・」
「そうなんだ。頑張ったんだね」彩香はゆずに微笑んだ。
「でも・・・やっぱり、ひとり・・・怖いなって・・・そしたら・・・お友達が・・・キーホルダーくれて、カバンに・・つけてたんだけど、落としちゃって・・・」
ゆずが、困ったような顔になった。
「お友達、幼馴染で、双子で、いつも・・・私のこと守ってくれてたんです。私が違う高校受験するの知って、二人で作ってくれたんです」
「そっか。ステキな幼馴染だね」
「はい。ずっと一緒で・・・だから余計に・・・怖くなっちゃって・・・」
ゆずはななちゃんを胸の前でぎゅっと握った。

「見つかってよかったね・・・ゆずちゃんはクラスは確認した?」
「いえ、まだ、です」
「そう。じゃあそろそろ見に行かない?人多くなってきたみたいだし」
「そうです、ね」
キーホルダーを受け取って少し元気になったゆずを連れて、彩香は昇降口へと向かった。


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