35 / 41
ただ踏み出せば良い
しおりを挟む
深夜3時を過ぎて帰宅した家のドアを開けると、意外にもリビングから光りが漏れていて、一瞬驚きはしたものの消し忘れだろうと思い直して静かに足を進める。
「ああ、龍弥おかえり。もっと遅いかと思っていたよ」
「なんだよ、起きてたのか」
「仕事の電話で起こされてね。時差とか考えて欲しいよ。コーヒー淹れるかい」
「いいよ。自分でするからゆっくりしてろ」
龍弥はソファーに座る修の頭をくしゃりと撫でると、部屋着に着替えて焼き鳥屋の煙が染み付いた服を洗濯機に放り込んだ。
「そういや、今日は漯の家に行ってきたんだろ。家にはよく行くのか」
酔い覚ましにカットしたトマトをミキサーに掛けると、少しの塩とレモンを絞ってグラスに注ぐ。
「よくって、漯の家にかい?いやいや、初めて行ったよ」
「初めて?なんだよ、今まで行ったことなかったのかよ」
龍弥は修の隣に座ってトマトジュースを飲むと、返ってきた意外な返事に驚いて目を丸くする。
「日本に来てからはバタバタしていたからね。漯が家と呼べる場所に住んでなかったのもあるし、行く機会はなかったね」
「そうだったな、少し前まで海外に拠点を置いてたんだったな」
龍弥は立ち上がってキッチンでグラスを洗うと、冷蔵庫から炭酸水を取り出してソファーに戻る。
「僕が漯の家に行ったのが気になるのかい」
「正直に言えば、嫉妬した自分に笑う程度には気にしてた」
仕事に行く前のモヤモヤした気持ちを思い出して、龍弥が苦笑いする。
「あれ、龍弥にしては珍しく素直に認めるんだね。気にしてたってことは吹っ切れるなにかがあったのかな」
「別に大したことじゃない。腐れ縁の悪友と久々にサシで飲んで、素直になった方がいいと思わされただけだ」
「ふふ、いい友達だね。大事にしないと」
どんな人なのかと龍弥に目を向ける修の眼差しに、嫉妬のようなものを感じて龍弥は口角を上げると、凛太郎のことを面白おかしく言って聞かせる。
修も誤解させないようになのか、漯には最近プロポーズを受けてくれた恋人がいて、彼女と三人で食卓を囲んで来たのだと嬉しそうに表情を緩めた。
こんな風に日常の些細な出来事を話し合えるだけで、蝋燭に火が灯るように心の中が少し温かくなる。龍弥は修と出会ってその感覚を取り戻した。
「アンタと出会えて良かったと思う。憬のことで、修がなにかしら引け目を感じて、よくない方向に考えが及ぶのも分からなくはない。でも俺が選んでアンタと居るのは分かって欲しい」
「僕は勘違いをしていたみたいだね。龍弥はいつもそう伝えてくれていたのに、卑屈になって素直に受け入れることが出来なかった」
「俺は言葉にするのは得意じゃない。毎回素直になんでも話せる器用なタイプの人間じゃないからな」
「ふふ。ならこれからは、僕がそのサインを見極めて龍弥を素直にさせる努力をするよ」
修は龍弥の膝に手を置くと、甘えたように龍弥にもたれ掛かる。
「そういえば、そのバングル」
「え?」
「いつも着けてるな」
龍弥は修の左手首にはまった、永遠を意味する高級ブランドのプラチナバングルが以前から気になっていた。
嫉妬なんて格好悪いが、今日はもう充分情けない姿を見せている。もののついでに修に直接聞いてみることにした。
「ああ。これはね、いつも着けてる訳じゃなくて外せないんだよ」
「どういうことだ」
「そのままだよ。このタイプは専用の器具でしか外れないんだけど、それを失くしたから外せないだけなんだ」
修が成人した時に父親から貰った形見だと言うが、拘りがあってつけっぱなしにしている訳じゃない話を聞いて、龍弥は呆れて溜め息を吐く。
「ショップに行けば外せるんじゃないのか」
「そうだろうけど、外す理由もないから。それとも僕がこれをつけているのが嫌かい」
恋人に贈るプレゼントとしても有名な商品だ。それに思い当たった修が、今更ながら外した方がいいかと龍弥の顔を覗き込んだ。
「親父さんの形見なんだろ、だったら無理に外さなくていいんじゃないか」
修にはどこか雑でいい加減なところがあることを知って、龍弥は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ああ、龍弥おかえり。もっと遅いかと思っていたよ」
「なんだよ、起きてたのか」
「仕事の電話で起こされてね。時差とか考えて欲しいよ。コーヒー淹れるかい」
「いいよ。自分でするからゆっくりしてろ」
龍弥はソファーに座る修の頭をくしゃりと撫でると、部屋着に着替えて焼き鳥屋の煙が染み付いた服を洗濯機に放り込んだ。
「そういや、今日は漯の家に行ってきたんだろ。家にはよく行くのか」
酔い覚ましにカットしたトマトをミキサーに掛けると、少しの塩とレモンを絞ってグラスに注ぐ。
「よくって、漯の家にかい?いやいや、初めて行ったよ」
「初めて?なんだよ、今まで行ったことなかったのかよ」
龍弥は修の隣に座ってトマトジュースを飲むと、返ってきた意外な返事に驚いて目を丸くする。
「日本に来てからはバタバタしていたからね。漯が家と呼べる場所に住んでなかったのもあるし、行く機会はなかったね」
「そうだったな、少し前まで海外に拠点を置いてたんだったな」
龍弥は立ち上がってキッチンでグラスを洗うと、冷蔵庫から炭酸水を取り出してソファーに戻る。
「僕が漯の家に行ったのが気になるのかい」
「正直に言えば、嫉妬した自分に笑う程度には気にしてた」
仕事に行く前のモヤモヤした気持ちを思い出して、龍弥が苦笑いする。
「あれ、龍弥にしては珍しく素直に認めるんだね。気にしてたってことは吹っ切れるなにかがあったのかな」
「別に大したことじゃない。腐れ縁の悪友と久々にサシで飲んで、素直になった方がいいと思わされただけだ」
「ふふ、いい友達だね。大事にしないと」
どんな人なのかと龍弥に目を向ける修の眼差しに、嫉妬のようなものを感じて龍弥は口角を上げると、凛太郎のことを面白おかしく言って聞かせる。
修も誤解させないようになのか、漯には最近プロポーズを受けてくれた恋人がいて、彼女と三人で食卓を囲んで来たのだと嬉しそうに表情を緩めた。
こんな風に日常の些細な出来事を話し合えるだけで、蝋燭に火が灯るように心の中が少し温かくなる。龍弥は修と出会ってその感覚を取り戻した。
「アンタと出会えて良かったと思う。憬のことで、修がなにかしら引け目を感じて、よくない方向に考えが及ぶのも分からなくはない。でも俺が選んでアンタと居るのは分かって欲しい」
「僕は勘違いをしていたみたいだね。龍弥はいつもそう伝えてくれていたのに、卑屈になって素直に受け入れることが出来なかった」
「俺は言葉にするのは得意じゃない。毎回素直になんでも話せる器用なタイプの人間じゃないからな」
「ふふ。ならこれからは、僕がそのサインを見極めて龍弥を素直にさせる努力をするよ」
修は龍弥の膝に手を置くと、甘えたように龍弥にもたれ掛かる。
「そういえば、そのバングル」
「え?」
「いつも着けてるな」
龍弥は修の左手首にはまった、永遠を意味する高級ブランドのプラチナバングルが以前から気になっていた。
嫉妬なんて格好悪いが、今日はもう充分情けない姿を見せている。もののついでに修に直接聞いてみることにした。
「ああ。これはね、いつも着けてる訳じゃなくて外せないんだよ」
「どういうことだ」
「そのままだよ。このタイプは専用の器具でしか外れないんだけど、それを失くしたから外せないだけなんだ」
修が成人した時に父親から貰った形見だと言うが、拘りがあってつけっぱなしにしている訳じゃない話を聞いて、龍弥は呆れて溜め息を吐く。
「ショップに行けば外せるんじゃないのか」
「そうだろうけど、外す理由もないから。それとも僕がこれをつけているのが嫌かい」
恋人に贈るプレゼントとしても有名な商品だ。それに思い当たった修が、今更ながら外した方がいいかと龍弥の顔を覗き込んだ。
「親父さんの形見なんだろ、だったら無理に外さなくていいんじゃないか」
修にはどこか雑でいい加減なところがあることを知って、龍弥は苦笑いを浮かべるしかなかった。
10
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです
坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」
祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。
こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。
あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。
※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる