パイライトの誓い

藜-LAI-

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そして真相を知る

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 二人きりで話したいだろうからと、修は龍弥と憬を会わせるなり職員と手続きの話があるからと言い残して早々に部屋を出ていってしまった。
「なんだよさっきから威嚇して。懐かない野良猫みたいだ」
「うるせえよ」
「はは。簡単には撫でさせないって吠えた」
 猫じゃなくて犬だねと憬は可笑しそうに肩を揺らして小さく咳払いすると、情けない再会になったと自虐的に笑って視線を落とす。
「最期まで俺に会う気なんかなかったろ」
「……どうせステフに焚き付けられたんじゃない?アイツはお節介だからね」
「ステフ?なんだそれ、あだ名かなんかなのか」
「ステファン・ラクスネス。弟の名前だよ」
「は?アイツ本当はそんな名前なのかよ」
「なんだよ龍弥、お前アイツの名前も知らなかったのか。傑作だな」
「笑い事じゃねえよ。じゃあ修って偽名なのかよ」
 咳き込みながら肩を揺らす憬を心配した眼差しで見つめると、気管支がもうイカれてると憬が笑う。
「はは、ごめん。揶揄っただけだよ。お前は本当に揶揄い甲斐があるヤツだね。修はお袋がつけた和名だよ。義理の親父、ステフの父親は外国人でアイツには名前が2個あるってだけだ」
「……アンタら本当に兄弟なんだな」
「まあね。全然似てないって思うんだろ、まあ誰が見てもそう思うだろうなぁ」
 憬は二人が幼い頃の話を面白おかしく龍弥に聞かせると、それにしても驚いたと口角を上げる。
「まさか龍弥に会えるとはね。冥土の土産にしては上々だね」
「本気か冗談か判断し辛いことをサラッと言うな」
「ははは。龍弥も大人になったんだね。店は潰してない?アレからだいぶ経ったけど」
「10年だ。譲り受けた分はなんとか切り盛りしてる。スタッフの顔ぶれが変わってない店も残ってる」
 ポケットからスマホを取り出すと、内装に手を入れた店もあるけど何も変わってないと言いながら憬に画像を見せる。
「凄いじゃないか。はは、凛太郎だ。他にも懐かしい顔が何人も居るね」
 嬉しそうに画面を見つめる憬の眼差しは少年のようにキラキラしている。この人がもう去ろうとしているのは、実際に対峙すれば誰にでも分かること。それほどに憬は衰弱した様子なのだ。

「……修から聞かされた話を確認したい」
「さて。お前はなんて言い含められたのかな」
 スマホの画面から目を離して愉快そうに笑みを作ると、憬は龍弥の手を取って話すなら今のうちにと弱い握力に力を込めた。
「アンタは俺のために俺を捨てたのか」
「そんな格好の良い話じゃないんだけどな」
「茶化すなよ。じゃあそれが真相なんだな?」
「今更それを知ってどうするの?俺は自暴自棄になって恋人と仕事を投げ捨てた。それだけだよ、美談にするような話じゃない」
 憬は龍弥を真っ直ぐに見つめて、俺を善人にしなくていいと呟いた。その言葉で龍弥の溜飲が下がった。
「嫌ったまま本当に別れることになる前で良かったよ」
「惚れ直しただろ」
「少しだけな」
「はは、ステフが嫉妬で怒りそうだ」
 悪戯を楽しむ子供のような笑顔で憬が笑う。
 この人のこんな屈託のない笑顔が好きだった。それだけに突き放された時の冷たい声音や表情を、いつまで経っても受け入れられなかった。
「泣くなよ。男前が台無しになるぞ」
「泣いてねえよ。老眼鏡要るんじゃないか」
「そこまで年寄り扱いしないでよ」
 静かな部屋に和やかな笑い声が響く。
 この時間は続かない。それが分かるからこそ、流れ落ちる涙は拭わずに、減らず口を叩いていつまでも彼を笑わせたかった。
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