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他愛無い話
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「その様子だと、まだ顔見知り程度か。ゆっくり話でもしてみたらどうだ。龍弥、お前修みたいなの好きだろ」
グラスにラム酒を注ぐ巽は何気なく言うが、出来ればその類の話はしないで欲しかった。
苦々しい顔でタバコの煙を吐き出すと、隣で笑う顔が一層妖艶なものになる。
「へえ。あんなに冷たかったのは気持ちの裏返しだったのか。照れ屋さんなのかな」
「おいおい。龍弥に向かって照れ屋とか言うヤツ初めて見たよ。お前らどこで知り合ったんだ?」
巽はグラスをコースターにセットすると、興味深そうな顔で二人を交互に見る。
「知り合ったも何も、こいつがナンパから逃げるのに使われただけだよ」
タバコを指に挟んだまま器用にグラスを手に取ると、勘弁して欲しいと低く唸って酒を呷る。
「なに言ってんの。それだけじゃないでしょう?キスした仲じゃない」
「ちゃっかりお礼貰ったのか龍弥」
「あれは貰い事故だ、アンタが勝手にした事でキスとも呼べないもんだろ。巽、お前まで面白がって食い付いてくるなよ。勘弁してくれ」
龍弥は呆れた顔で修に一瞥くれると、酒が不味くなるから止めてくれとグラスを置いてタバコを吸った。
「なるほどな。善意の人助けのつもりが、勝手にキスされてご機嫌斜めなワケか」
「ああ、それで拗ねちゃったのか」
「……お前ら、人の話聞けよ」
ニヤニヤしながら龍弥に視線を向ける二人を睨むと、タバコを灰皿に押し付けながら煙を吐き出す。
軽く頭痛がしてきた。まさか巽の知り合いだったとは。二度と会うことはないだろうとたかを括っていたが、修の宣言通り縁があったのか、その日のうちに再会してしまった。
狭い街だ。しらみ潰しに探せば不可能ではないだろうが、そこまでした様子もないのにこんな偶然が起こり得るのかと、龍弥の口から溜め息が漏れる。
「まあ出会いがどうあれ修はいい奴だぞ。こいつもなんだかんだで俺とは15、6年の付き合いだ。そう拗ねてないで話してみたらどうだ。俺は二人は気が合うと思うけどな」
巽は面白がるでもなくそう言うと、他の客に呼ばれるままその場を離れていく。
隣を見ると困ったような笑顔のアクアブルーの瞳が、龍弥を見つめてタバコの煙を吐き出した。
「へえ。経営者だなんて凄いじゃない」
「どこがだよ、話聞いてたか?」
顔を向けて眉を寄せると、そんな顔で見ないでよと修が笑う。
「知人に押し付けられたからって、それから10年もお店を潰さずに維持するなんて、そうそう出来る事じゃない。それも一店舗だけじゃないんでしょ、素晴らしい才能だと思うよ」
いつの間にか身の上話になり、龍弥はおかしな事もあるものだと、意外にも話しやすく距離感を心得た修の対応に関心していた。
「そりゃアレだ。店の連中がしっかりしてるだけで俺のおかげじゃない」
「謙虚だね。それも君の美徳かも知れないけど」
「そんなつもりはないんだけどな。気が付いたら10年経ってただけの話だ」
四度目のおかわり以降、面倒だからと巽が目の前に置いたボトルからグラスに直接酒を注ぐと、龍弥は小さくなった氷を見つめて少し呑み過ぎているなと苦笑する。
「龍弥の笑った顔、いいね」
「はあ?」
「好きだよ。特に笑顔がね」
「笑顔?アンタ相当変わってるな」
「修だよ」
「……はいはい」
どうも修と話していると調子が狂う。不快だとかそう云う事ではなく、初めて話すのに無駄な気遣いをしなくていい。
龍弥だって人の子だ。好意を持てそうな相手には良いように思われたい気持ちが芽生えない訳じゃない。特に一晩の相手なら尚更、変な印象を持たれるより、格好をつけてしまう情けない部分も持ち合わせている。
では修はどうだろうか。話を切り出すタイミング、相槌の打ち方、答えやすくなる質問の投げかけ方。いずれにせよ長い付き合いの友人相手でも、一部の例外は除いて、ここまで会話を楽しめたことは少ないと思う。
飾らずに素のままの自分でいられることが、少し心地好いと思えるほど龍弥は肩の力が抜けてリラックスしている。そんな自分が堪らなく可笑しくて苦笑いが溢れる。
「ふふ。やっと龍弥の中で僕は異分子ではなくなったみたいだね。話してみると意外と普通だったでしょ」
「普通がなんなのかは分からんけど、アンタと話してると気楽で良い。腹の探り合いみたいな小賢しい事もしない、そう云うのは嫌いじゃないんだ」
「なら、そろそろアンタはやめてよ。僕の名前は修だよ」
「はいはい。修さんな」
「僕が歳上だからって、さんをつけて呼ばれちゃうと、なんだか距離を感じるな。ふふ、キスした仲でしょ。気楽に呼んでよ」
「だから、あれはキスしたうちに入らないだろ」
「じゃあ仕切り直そうよ」
楽しそうに肩を揺らすと、グラスに口をつけて濃褐色のダークラムを一気に飲み下す。その喉元が酷く艶かしくて、龍弥は心の中で参ったなと呟いた。
龍弥の様子に気が付いたのか、修はうっすらと口角を上げると、左手を龍弥の右手に絡めて指の間をゆっくりとなぞる。
長くしなやかに見えても、ゴツゴツとした男性的な指だ。肌を重ねなくてもおおよその見当はつく。龍弥と修の相性は良いだろう。
グラスを空にして席から立つと、チェックを頼まれた巽がしたり顔でやっぱりなと呟いて肩を揺らした。龍弥はバツの悪さから、なんとも言えない気不味さを味わった。
グラスにラム酒を注ぐ巽は何気なく言うが、出来ればその類の話はしないで欲しかった。
苦々しい顔でタバコの煙を吐き出すと、隣で笑う顔が一層妖艶なものになる。
「へえ。あんなに冷たかったのは気持ちの裏返しだったのか。照れ屋さんなのかな」
「おいおい。龍弥に向かって照れ屋とか言うヤツ初めて見たよ。お前らどこで知り合ったんだ?」
巽はグラスをコースターにセットすると、興味深そうな顔で二人を交互に見る。
「知り合ったも何も、こいつがナンパから逃げるのに使われただけだよ」
タバコを指に挟んだまま器用にグラスを手に取ると、勘弁して欲しいと低く唸って酒を呷る。
「なに言ってんの。それだけじゃないでしょう?キスした仲じゃない」
「ちゃっかりお礼貰ったのか龍弥」
「あれは貰い事故だ、アンタが勝手にした事でキスとも呼べないもんだろ。巽、お前まで面白がって食い付いてくるなよ。勘弁してくれ」
龍弥は呆れた顔で修に一瞥くれると、酒が不味くなるから止めてくれとグラスを置いてタバコを吸った。
「なるほどな。善意の人助けのつもりが、勝手にキスされてご機嫌斜めなワケか」
「ああ、それで拗ねちゃったのか」
「……お前ら、人の話聞けよ」
ニヤニヤしながら龍弥に視線を向ける二人を睨むと、タバコを灰皿に押し付けながら煙を吐き出す。
軽く頭痛がしてきた。まさか巽の知り合いだったとは。二度と会うことはないだろうとたかを括っていたが、修の宣言通り縁があったのか、その日のうちに再会してしまった。
狭い街だ。しらみ潰しに探せば不可能ではないだろうが、そこまでした様子もないのにこんな偶然が起こり得るのかと、龍弥の口から溜め息が漏れる。
「まあ出会いがどうあれ修はいい奴だぞ。こいつもなんだかんだで俺とは15、6年の付き合いだ。そう拗ねてないで話してみたらどうだ。俺は二人は気が合うと思うけどな」
巽は面白がるでもなくそう言うと、他の客に呼ばれるままその場を離れていく。
隣を見ると困ったような笑顔のアクアブルーの瞳が、龍弥を見つめてタバコの煙を吐き出した。
「へえ。経営者だなんて凄いじゃない」
「どこがだよ、話聞いてたか?」
顔を向けて眉を寄せると、そんな顔で見ないでよと修が笑う。
「知人に押し付けられたからって、それから10年もお店を潰さずに維持するなんて、そうそう出来る事じゃない。それも一店舗だけじゃないんでしょ、素晴らしい才能だと思うよ」
いつの間にか身の上話になり、龍弥はおかしな事もあるものだと、意外にも話しやすく距離感を心得た修の対応に関心していた。
「そりゃアレだ。店の連中がしっかりしてるだけで俺のおかげじゃない」
「謙虚だね。それも君の美徳かも知れないけど」
「そんなつもりはないんだけどな。気が付いたら10年経ってただけの話だ」
四度目のおかわり以降、面倒だからと巽が目の前に置いたボトルからグラスに直接酒を注ぐと、龍弥は小さくなった氷を見つめて少し呑み過ぎているなと苦笑する。
「龍弥の笑った顔、いいね」
「はあ?」
「好きだよ。特に笑顔がね」
「笑顔?アンタ相当変わってるな」
「修だよ」
「……はいはい」
どうも修と話していると調子が狂う。不快だとかそう云う事ではなく、初めて話すのに無駄な気遣いをしなくていい。
龍弥だって人の子だ。好意を持てそうな相手には良いように思われたい気持ちが芽生えない訳じゃない。特に一晩の相手なら尚更、変な印象を持たれるより、格好をつけてしまう情けない部分も持ち合わせている。
では修はどうだろうか。話を切り出すタイミング、相槌の打ち方、答えやすくなる質問の投げかけ方。いずれにせよ長い付き合いの友人相手でも、一部の例外は除いて、ここまで会話を楽しめたことは少ないと思う。
飾らずに素のままの自分でいられることが、少し心地好いと思えるほど龍弥は肩の力が抜けてリラックスしている。そんな自分が堪らなく可笑しくて苦笑いが溢れる。
「ふふ。やっと龍弥の中で僕は異分子ではなくなったみたいだね。話してみると意外と普通だったでしょ」
「普通がなんなのかは分からんけど、アンタと話してると気楽で良い。腹の探り合いみたいな小賢しい事もしない、そう云うのは嫌いじゃないんだ」
「なら、そろそろアンタはやめてよ。僕の名前は修だよ」
「はいはい。修さんな」
「僕が歳上だからって、さんをつけて呼ばれちゃうと、なんだか距離を感じるな。ふふ、キスした仲でしょ。気楽に呼んでよ」
「だから、あれはキスしたうちに入らないだろ」
「じゃあ仕切り直そうよ」
楽しそうに肩を揺らすと、グラスに口をつけて濃褐色のダークラムを一気に飲み下す。その喉元が酷く艶かしくて、龍弥は心の中で参ったなと呟いた。
龍弥の様子に気が付いたのか、修はうっすらと口角を上げると、左手を龍弥の右手に絡めて指の間をゆっくりとなぞる。
長くしなやかに見えても、ゴツゴツとした男性的な指だ。肌を重ねなくてもおおよその見当はつく。龍弥と修の相性は良いだろう。
グラスを空にして席から立つと、チェックを頼まれた巽がしたり顔でやっぱりなと呟いて肩を揺らした。龍弥はバツの悪さから、なんとも言えない気不味さを味わった。
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