パイライトの誓い

藜-LAI-

文字の大きさ
上 下
1 / 41

恋は戯れ

しおりを挟む
 花言葉があるように石言葉があるらしい。
「……ふぁああ」
 龍弥はへたれたあくびをしながら、寝惚け眼を擦ってベッドから立ち上がる。
 右手首に着けたラダーブレスレットにあしらわれたパイライトが鈍く輝く。
 別に拘っているつもりはないが、無骨な見た目が気に入って着けている。一晩寝た相手に石に詳しい男がいた。
 ———恋の戯れ
 パイライトの石言葉を知った時、自分らしすぎて笑いさえ出なかった。その時の相手の顔は当然ながら、いつ聞いた話だったかも覚えてはいない。
 10月にも拘らず冬さながらの冷え込みに、暖房を効かせ過ぎたからか起き抜けの喉が少し痛む。
 うがいをして顔を洗うと、冷蔵庫から野菜や果物を取り出して手際良く水で洗い、一口大にカットした物をミキサーに放り込んでジュースにする。コレは毎日のルーティーンのようなものだ。
「なんだよ。まだこんな時間か」
 時計を見ると19時過ぎ。夜の帳が下り、開け放ったカーテンの先に灯る夜景を見て、リビングのソファーに座る。そのまま電気も点けずに眼鏡をかけてテレビのスイッチを入れた。
 にがやかを通り越して、耳障りなバラエティ番組にうんざりした顔でチャンネルを切り替える。
「急に休めって言われてもなぁ」
 出来たばかりのジュースを一気に胃に流し込むと、今度はスマホを手に取りザッとニュースに目を通す。
「しょーもねえニュースばっかりだな」
 ゴシップ記事が賑わう画面から目を離し、スマホをテーブルに置いてタバコに火を点ける。

 高崎龍弥たかさきりゅうや、35歳。女性向けマッサージサロンをはじめ、ゲイ向けのデートサロンやシチュエーションカフェなど、風俗店を数店舗を構える経営者。
 そう云えば聞こえは良いが、その実、別れた恋人から手切金代わりに権利を譲り受けただけで、自分でゼロから何かを興したわけじゃない。
 あの頃は本気で恋をしていたのだろうか。もうそんなことすら分からなくなって、気まぐれに一晩限りの相手と身体を重ね合うのが当たり前になっていた。
「……呑みにでも行くか」
 タバコを灰皿に押し付けてソファーから立ち上がると、空になったグラスを洗ってシャワーを浴びる。
 店の経営を引き継いだことで、何かしら仕事をしていないと逆に居心地が悪くて落ち着かない。いわゆるワーカホリックなのだろう。
 何があるでもない久々の休みは1ヶ月ぶりのことだ。そんな時は何も考えずに大抵呑みに出掛かけて、波長が合えば誰かと肌を重ねる。恋人と呼べる相手はもう長らく居ない。作る気もさらさら無かった。
 バスルームを出ると、肩幅が広く逆三角形の引き締まった体が露わになる。学生時代から水泳を続け、5年ほど前まではジムに泳ぎに行っていた。それも忙しさにかまけてしなくなった今、これでも筋肉は落ちた方だと思う。
 洗いざらしの黒髪は緩いウェーブに沿って水が滴る。タオルドライでザッと水気を拭き取ってワックスを馴染ませると、大雑把に後ろに流して体裁を整える。
 手に残ったワックスを綺麗に洗い流すと、棚から取り出したコンタクトを入れ、空箱はゴミ箱に投げ捨てた。
「……これで最後だったか」
 幸いと言うべきか、今回は3日ほど連休を取る予定なので買い物は明日に回してしまおう。
 龍弥は髭を剃るとバスタオルを腰に巻いたまま寝室に向かい、クローゼットから取り出した服に着替えながら、休みを取るように勧めてきた友人の言葉を思い出す。
『オーナーのお前が出張って仕事し過ぎなんじゃないか?』
 至極もっともな意見である。
 根っからの仕事人間と云う訳ではないが、龍弥自身、店舗経営と云うコレもいつかは終わってしまうことなのだと思っている節がある。
 取り分け扱っているのは客商売だ。いつ店が立て続けに潰れてもおかしくはない。しかも自分の功績でなく他人から譲り受けたものだ。
 経営者だなんて肩書きだけが立派になって、龍弥はその居心地の悪さにうんざりしている。ある意味それは逃れられない足枷のようなものだ。
 だからスタッフに混ざって店舗で普通に働いている方が性に合うのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずっと、ずっと甘い口唇

犬飼春野
BL
「別れましょう、わたしたち」 中堅として活躍し始めた片桐啓介は、絵にかいたような九州男児。 彼は結婚を目前に控えていた。 しかし、婚約者の口から出てきたのはなんと婚約破棄。 その後、同僚たちに酒の肴にされヤケ酒の果てに目覚めたのは、後輩の中村の部屋だった。 どうみても事後。 パニックに陥った片桐と、いたって冷静な中村。 周囲を巻き込んだ恋愛争奪戦が始まる。 『恋の呪文』で脇役だった、片桐啓介と新人の中村春彦の恋。  同じくわき役だった定番メンバーに加え新規も参入し、男女入り交じりの大混戦。  コメディでもあり、シリアスもあり、楽しんでいただけたら幸いです。    題名に※マークを入れている話はR指定な描写がありますのでご注意ください。 ※ 2021/10/7- 完結済みをいったん取り下げて連載中に戻します。   2021/10/10 全て上げ終えたため完結へ変更。  『恋の呪文』と『ずっと、ずっと甘い口唇』に関係するスピンオフやSSが多くあったため  一気に上げました。  なるべく時間軸に沿った順番で掲載しています。  (『女王様と俺』は別枠)    『恋の呪文』の主人公・江口×池山の番外編も、登場人物と時間軸の関係上こちらに載せます。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

【本編完結】ゲイバレ御曹司 ~ハッテン場のゲイバーで鉢合わせちゃった義弟に脅されています~

衣草 薫
BL
大企業の御曹司である怜一郎はヤケを起こして人生で初めてゲイバーへやって来た。仮面で顔を隠すのがルールのその店で理想的な男性と出会い、夢のようなセックスをした。……ところが仮面を外すとその男は妹の婿の龍之介であった。 親の会社の跡取りの座を巡りライバル関係にある義弟の龍之介に「ハッテン場にいたことを両親にバラされたくなければ……」と脅迫され……!? セックスシーンありの話には「※」 ハレンチなシーンありの話には「☆」をつけてあります。

一年前の忘れ物

花房ジュリー
BL
 ゲイであることを隠している大学生の玲。今は、バイト先の男性上司と密かに交際中だ。ある時、アメリカ人のアレンとひょんなきっかけで出会い、なぜか料理交換を始めるようになる。いつも自分に自信を持たせてくれるアレンに、次第に惹かれていく玲。そんな折、恋人はいるのかとアレンに聞かれる。ゲイだと知られまいと、ノーと答えたところ、いきなりアレンにキスをされ!? ※kindle化したものの再公開です(kindle販売は終了しています)。内容は、以前こちらに掲載していたものと変更はありません。

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

処理中です...