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恋は戯れ
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花言葉があるように石言葉があるらしい。
「……ふぁああ」
龍弥はへたれたあくびをしながら、寝惚け眼を擦ってベッドから立ち上がる。
右手首に着けたラダーブレスレットにあしらわれたパイライトが鈍く輝く。
別に拘っているつもりはないが、無骨な見た目が気に入って着けている。一晩寝た相手に石に詳しい男がいた。
———恋の戯れ
パイライトの石言葉を知った時、自分らしすぎて笑いさえ出なかった。その時の相手の顔は当然ながら、いつ聞いた話だったかも覚えてはいない。
10月にも拘らず冬さながらの冷え込みに、暖房を効かせ過ぎたからか起き抜けの喉が少し痛む。
うがいをして顔を洗うと、冷蔵庫から野菜や果物を取り出して手際良く水で洗い、一口大にカットした物をミキサーに放り込んでジュースにする。コレは毎日のルーティーンのようなものだ。
「なんだよ。まだこんな時間か」
時計を見ると19時過ぎ。夜の帳が下り、開け放ったカーテンの先に灯る夜景を見て、リビングのソファーに座る。そのまま電気も点けずに眼鏡をかけてテレビのスイッチを入れた。
にがやかを通り越して、耳障りなバラエティ番組にうんざりした顔でチャンネルを切り替える。
「急に休めって言われてもなぁ」
出来たばかりのジュースを一気に胃に流し込むと、今度はスマホを手に取りザッとニュースに目を通す。
「しょーもねえニュースばっかりだな」
ゴシップ記事が賑わう画面から目を離し、スマホをテーブルに置いてタバコに火を点ける。
高崎龍弥、35歳。女性向けマッサージサロンをはじめ、ゲイ向けのデートサロンやシチュエーションカフェなど、風俗店を数店舗を構える経営者。
そう云えば聞こえは良いが、その実、別れた恋人から手切金代わりに権利を譲り受けただけで、自分でゼロから何かを興したわけじゃない。
あの頃は本気で恋をしていたのだろうか。もうそんなことすら分からなくなって、気まぐれに一晩限りの相手と身体を重ね合うのが当たり前になっていた。
「……呑みにでも行くか」
タバコを灰皿に押し付けてソファーから立ち上がると、空になったグラスを洗ってシャワーを浴びる。
店の経営を引き継いだことで、何かしら仕事をしていないと逆に居心地が悪くて落ち着かない。いわゆるワーカホリックなのだろう。
何があるでもない久々の休みは1ヶ月ぶりのことだ。そんな時は何も考えずに大抵呑みに出掛かけて、波長が合えば誰かと肌を重ねる。恋人と呼べる相手はもう長らく居ない。作る気もさらさら無かった。
バスルームを出ると、肩幅が広く逆三角形の引き締まった体が露わになる。学生時代から水泳を続け、5年ほど前まではジムに泳ぎに行っていた。それも忙しさにかまけてしなくなった今、これでも筋肉は落ちた方だと思う。
洗いざらしの黒髪は緩いウェーブに沿って水が滴る。タオルドライでザッと水気を拭き取ってワックスを馴染ませると、大雑把に後ろに流して体裁を整える。
手に残ったワックスを綺麗に洗い流すと、棚から取り出したコンタクトを入れ、空箱はゴミ箱に投げ捨てた。
「……これで最後だったか」
幸いと言うべきか、今回は3日ほど連休を取る予定なので買い物は明日に回してしまおう。
龍弥は髭を剃るとバスタオルを腰に巻いたまま寝室に向かい、クローゼットから取り出した服に着替えながら、休みを取るように勧めてきた友人の言葉を思い出す。
『オーナーのお前が出張って仕事し過ぎなんじゃないか?』
至極もっともな意見である。
根っからの仕事人間と云う訳ではないが、龍弥自身、店舗経営と云うコレもいつかは終わってしまうことなのだと思っている節がある。
取り分け扱っているのは客商売だ。いつ店が立て続けに潰れてもおかしくはない。しかも自分の功績でなく他人から譲り受けたものだ。
経営者だなんて肩書きだけが立派になって、龍弥はその居心地の悪さにうんざりしている。ある意味それは逃れられない足枷のようなものだ。
だからスタッフに混ざって店舗で普通に働いている方が性に合うのだ。
「……ふぁああ」
龍弥はへたれたあくびをしながら、寝惚け眼を擦ってベッドから立ち上がる。
右手首に着けたラダーブレスレットにあしらわれたパイライトが鈍く輝く。
別に拘っているつもりはないが、無骨な見た目が気に入って着けている。一晩寝た相手に石に詳しい男がいた。
———恋の戯れ
パイライトの石言葉を知った時、自分らしすぎて笑いさえ出なかった。その時の相手の顔は当然ながら、いつ聞いた話だったかも覚えてはいない。
10月にも拘らず冬さながらの冷え込みに、暖房を効かせ過ぎたからか起き抜けの喉が少し痛む。
うがいをして顔を洗うと、冷蔵庫から野菜や果物を取り出して手際良く水で洗い、一口大にカットした物をミキサーに放り込んでジュースにする。コレは毎日のルーティーンのようなものだ。
「なんだよ。まだこんな時間か」
時計を見ると19時過ぎ。夜の帳が下り、開け放ったカーテンの先に灯る夜景を見て、リビングのソファーに座る。そのまま電気も点けずに眼鏡をかけてテレビのスイッチを入れた。
にがやかを通り越して、耳障りなバラエティ番組にうんざりした顔でチャンネルを切り替える。
「急に休めって言われてもなぁ」
出来たばかりのジュースを一気に胃に流し込むと、今度はスマホを手に取りザッとニュースに目を通す。
「しょーもねえニュースばっかりだな」
ゴシップ記事が賑わう画面から目を離し、スマホをテーブルに置いてタバコに火を点ける。
高崎龍弥、35歳。女性向けマッサージサロンをはじめ、ゲイ向けのデートサロンやシチュエーションカフェなど、風俗店を数店舗を構える経営者。
そう云えば聞こえは良いが、その実、別れた恋人から手切金代わりに権利を譲り受けただけで、自分でゼロから何かを興したわけじゃない。
あの頃は本気で恋をしていたのだろうか。もうそんなことすら分からなくなって、気まぐれに一晩限りの相手と身体を重ね合うのが当たり前になっていた。
「……呑みにでも行くか」
タバコを灰皿に押し付けてソファーから立ち上がると、空になったグラスを洗ってシャワーを浴びる。
店の経営を引き継いだことで、何かしら仕事をしていないと逆に居心地が悪くて落ち着かない。いわゆるワーカホリックなのだろう。
何があるでもない久々の休みは1ヶ月ぶりのことだ。そんな時は何も考えずに大抵呑みに出掛かけて、波長が合えば誰かと肌を重ねる。恋人と呼べる相手はもう長らく居ない。作る気もさらさら無かった。
バスルームを出ると、肩幅が広く逆三角形の引き締まった体が露わになる。学生時代から水泳を続け、5年ほど前まではジムに泳ぎに行っていた。それも忙しさにかまけてしなくなった今、これでも筋肉は落ちた方だと思う。
洗いざらしの黒髪は緩いウェーブに沿って水が滴る。タオルドライでザッと水気を拭き取ってワックスを馴染ませると、大雑把に後ろに流して体裁を整える。
手に残ったワックスを綺麗に洗い流すと、棚から取り出したコンタクトを入れ、空箱はゴミ箱に投げ捨てた。
「……これで最後だったか」
幸いと言うべきか、今回は3日ほど連休を取る予定なので買い物は明日に回してしまおう。
龍弥は髭を剃るとバスタオルを腰に巻いたまま寝室に向かい、クローゼットから取り出した服に着替えながら、休みを取るように勧めてきた友人の言葉を思い出す。
『オーナーのお前が出張って仕事し過ぎなんじゃないか?』
至極もっともな意見である。
根っからの仕事人間と云う訳ではないが、龍弥自身、店舗経営と云うコレもいつかは終わってしまうことなのだと思っている節がある。
取り分け扱っているのは客商売だ。いつ店が立て続けに潰れてもおかしくはない。しかも自分の功績でなく他人から譲り受けたものだ。
経営者だなんて肩書きだけが立派になって、龍弥はその居心地の悪さにうんざりしている。ある意味それは逃れられない足枷のようなものだ。
だからスタッフに混ざって店舗で普通に働いている方が性に合うのだ。
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