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31.善は急いで気分転換
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翌日、朝イチで紹介状を持って近くの病院に行って状態を診てもらったが、傷は深いものの筋肉に重度の損傷はなく、2週間も安静にしていれば松葉杖もなく歩けるようになるとのことだった。
そうして絋亮は脚の怪我を理由に仕事をしばらく休むことになった。通勤できない訳ではなかったが、悠仁と同じく未消化の有休がたっぷりあるからだ。
会社は絋亮の副業の内容も把握していて、ファンに刺されたと伝えたのも大きかったのか、精神的な疲労もあるだろうからと、落ち着くまでは休むように判断されたのだ。
「つい甘やかしちゃいそうになるけど、家の中のことは、あんまり手は貸さない方向でいくか」
「うん。脚も言うほど痛くないし、そもそも悠仁が長期休暇で俺んちにいること自体がイレギュラーだからね」
朝食はカレーの残りを使ってピラフにし、タマゴやチーズを乗せて少しオーブンで焼いた。悠仁は味濃すぎないか?と一気に炭酸水を飲むが、絋亮はそうかな?と美味しそうにスプーンを口に運んでいる。
「それにしても、運が良いのか悪いのか、期せずして長い休みが被ったな。俺はもう少し延長出来なくもないし、療養がてら温泉でも行く?」
「一、二泊くらいなら行ってみたいね」
内風呂があるところが良いなどと、二人が揃って休みの間になんとか旅行ができないか相談する。
この時期だからこそ、雪景色を見て露天風呂に入りたいなどと、二人の想像はどんどん膨らみ会話も弾む。
悠仁は立ち上がると絋亮のタブレットを借りて、内風呂のある温泉を探す。
「現実逃避といこうかね」
「へえ、雰囲気いいね。でも内風呂があるところは予算も高めだよね」
「んー。どうすっかな」
タブレットに文字を打ち込みながら、表示されたページを眺めてそれを繰り返す。
「ねえ、こことか良さそうじゃない。全室離れで個室だって。内風呂もついてるし」
「これさ、ネットでちまちま探すより、ガイド本買った方がもっと色々探せそうじゃないか」
「ああ。温泉特集号みたいなやつね。じゃあ電子版ネットで落とす?」
「いや。気晴らしに本屋行くよ。絋亮は留守番しとけ」
ごちそうさまと口元を拭うと、同じく手を合わせた絋亮の食器を一緒に下げて、洗い物に取り掛かる。
「俺も行くよ」
「え、血が出てきたりしないか?」
「大丈夫でしょ。今朝も問題ないって言われたし」
「そうか。なら一緒に出掛けようか」
洗い終わった食器を綺麗に拭いて食器棚に戻すと、出掛けるなら着替えて行こうと、絋亮を手伝って部屋を移動する。
「ふふ」
「なんだよ」
「人柄なのか職業病なのか、悠仁は人の世話をせずにはいられないんだね。甘やかさないって言ったばっかなのに」
「あー確かに」
一人でいけるかと手を離すと、絋亮は壁伝いに手をついてベッドルームに移動する。
それから絋亮の様子を見て少し時間を掛けて着替えを済ませると、本屋がある駅前に向けて家を出た。
「脚はどんな感じ?」
「踏ん張るとやっぱりめちゃくちゃ痛い。でも歩くコツが分かってきた気がする」
「なら、温泉も無謀な冒険じゃないな」
「休みは延長するの?」
「まあね、引越しの件もあるし有休を置いときたい気持ちもあるんだけどね」
「引っ越しか……」
絋亮は何かを考えるようにあらぬ方向を見て、足元がおぼつかなくなって思わず悠仁が抱きかかえる。
「危ないってば」
「ごめん」
「それで新しい家はどうする。俺は出来るだけ早く探したい。すぐに気にいるところが見つかるとも限らないし」
「それ一緒に住むってこと?やっぱり本気なの」
不慣れな様子で松葉杖を使いながら歩く絋亮が、確認するように悠仁の顔を見つめる。
「お前が引っ越さなくても、俺はもういい加減あの家卒業しないとね」
「じゃあ今日は悠仁の家に行こうよ」
「いやいや。想像を絶する狭さだし、今のお前じゃ絶対動きづらいぞ」
「でももう引っ越しちゃうんだよね、なら見ときたいな」
「哀れになって泣くなよ?」
知らないぞと揶揄うと、悠仁は人目も憚らずにキスをして、こういうことがいつでも出来る狭さだぞと笑う。
「悠仁って意外と甘ったるい空気をさらりと作るよね」
絋亮は顔を真っ赤にして呆れたように溜め息を吐く。けれどどこか嬉しそうだ。
平日の午前中とあって人通りは少ない。それが分かっているからこそ悠仁も道端でキスなんかしたのだが、どうしてなかなか、これは心臓に悪いなと絋亮は思う。
妙に意識してしまって歩調の狂う絋亮に、悠仁は脚が痛むのかと見当違いな心配をして顔を覗き込む。
「なに。顔真っ赤じゃん」
「誰のせいだと」
「あー。照れてんの?自分はすぐしてくるクセに、俺がしたら恥ずかしいんだ」
「だって悠仁、そういうのは苦手だろ」
「得意じゃないけど、嫌いじゃないからね」
クッと喉を鳴らすと今度は耳朶を噛む。
「ちょっと!?」
「ほら、危ないぞ」
言いながら絋亮を抱き寄せる。傍目には松葉杖を使う友人を介助してるようにしか見えないかも知れない。けれどその近さと、わざとらしい悠仁の微笑みが絋亮の羞恥を煽った。
「外だとしおらしいんだな」
「知らないよ!」
「照れる絋亮はレアだね」
流れるような動作で取り出したスマホのシャッターを切ると、写真を撮ってこの顔可愛いぞと言いながら悠仁が画面を見せてくる。
「本当勘弁してください。つか消してよ!」
「ヤダよ。可愛いく撮れた」
そんなくだらないやり取りをして本屋に辿り着くと、目当ての旅行雑誌を数冊とインテリア雑誌を購入して、フリーペーパーのスペースにある賃貸情報誌を手に取った。
そうして絋亮は脚の怪我を理由に仕事をしばらく休むことになった。通勤できない訳ではなかったが、悠仁と同じく未消化の有休がたっぷりあるからだ。
会社は絋亮の副業の内容も把握していて、ファンに刺されたと伝えたのも大きかったのか、精神的な疲労もあるだろうからと、落ち着くまでは休むように判断されたのだ。
「つい甘やかしちゃいそうになるけど、家の中のことは、あんまり手は貸さない方向でいくか」
「うん。脚も言うほど痛くないし、そもそも悠仁が長期休暇で俺んちにいること自体がイレギュラーだからね」
朝食はカレーの残りを使ってピラフにし、タマゴやチーズを乗せて少しオーブンで焼いた。悠仁は味濃すぎないか?と一気に炭酸水を飲むが、絋亮はそうかな?と美味しそうにスプーンを口に運んでいる。
「それにしても、運が良いのか悪いのか、期せずして長い休みが被ったな。俺はもう少し延長出来なくもないし、療養がてら温泉でも行く?」
「一、二泊くらいなら行ってみたいね」
内風呂があるところが良いなどと、二人が揃って休みの間になんとか旅行ができないか相談する。
この時期だからこそ、雪景色を見て露天風呂に入りたいなどと、二人の想像はどんどん膨らみ会話も弾む。
悠仁は立ち上がると絋亮のタブレットを借りて、内風呂のある温泉を探す。
「現実逃避といこうかね」
「へえ、雰囲気いいね。でも内風呂があるところは予算も高めだよね」
「んー。どうすっかな」
タブレットに文字を打ち込みながら、表示されたページを眺めてそれを繰り返す。
「ねえ、こことか良さそうじゃない。全室離れで個室だって。内風呂もついてるし」
「これさ、ネットでちまちま探すより、ガイド本買った方がもっと色々探せそうじゃないか」
「ああ。温泉特集号みたいなやつね。じゃあ電子版ネットで落とす?」
「いや。気晴らしに本屋行くよ。絋亮は留守番しとけ」
ごちそうさまと口元を拭うと、同じく手を合わせた絋亮の食器を一緒に下げて、洗い物に取り掛かる。
「俺も行くよ」
「え、血が出てきたりしないか?」
「大丈夫でしょ。今朝も問題ないって言われたし」
「そうか。なら一緒に出掛けようか」
洗い終わった食器を綺麗に拭いて食器棚に戻すと、出掛けるなら着替えて行こうと、絋亮を手伝って部屋を移動する。
「ふふ」
「なんだよ」
「人柄なのか職業病なのか、悠仁は人の世話をせずにはいられないんだね。甘やかさないって言ったばっかなのに」
「あー確かに」
一人でいけるかと手を離すと、絋亮は壁伝いに手をついてベッドルームに移動する。
それから絋亮の様子を見て少し時間を掛けて着替えを済ませると、本屋がある駅前に向けて家を出た。
「脚はどんな感じ?」
「踏ん張るとやっぱりめちゃくちゃ痛い。でも歩くコツが分かってきた気がする」
「なら、温泉も無謀な冒険じゃないな」
「休みは延長するの?」
「まあね、引越しの件もあるし有休を置いときたい気持ちもあるんだけどね」
「引っ越しか……」
絋亮は何かを考えるようにあらぬ方向を見て、足元がおぼつかなくなって思わず悠仁が抱きかかえる。
「危ないってば」
「ごめん」
「それで新しい家はどうする。俺は出来るだけ早く探したい。すぐに気にいるところが見つかるとも限らないし」
「それ一緒に住むってこと?やっぱり本気なの」
不慣れな様子で松葉杖を使いながら歩く絋亮が、確認するように悠仁の顔を見つめる。
「お前が引っ越さなくても、俺はもういい加減あの家卒業しないとね」
「じゃあ今日は悠仁の家に行こうよ」
「いやいや。想像を絶する狭さだし、今のお前じゃ絶対動きづらいぞ」
「でももう引っ越しちゃうんだよね、なら見ときたいな」
「哀れになって泣くなよ?」
知らないぞと揶揄うと、悠仁は人目も憚らずにキスをして、こういうことがいつでも出来る狭さだぞと笑う。
「悠仁って意外と甘ったるい空気をさらりと作るよね」
絋亮は顔を真っ赤にして呆れたように溜め息を吐く。けれどどこか嬉しそうだ。
平日の午前中とあって人通りは少ない。それが分かっているからこそ悠仁も道端でキスなんかしたのだが、どうしてなかなか、これは心臓に悪いなと絋亮は思う。
妙に意識してしまって歩調の狂う絋亮に、悠仁は脚が痛むのかと見当違いな心配をして顔を覗き込む。
「なに。顔真っ赤じゃん」
「誰のせいだと」
「あー。照れてんの?自分はすぐしてくるクセに、俺がしたら恥ずかしいんだ」
「だって悠仁、そういうのは苦手だろ」
「得意じゃないけど、嫌いじゃないからね」
クッと喉を鳴らすと今度は耳朶を噛む。
「ちょっと!?」
「ほら、危ないぞ」
言いながら絋亮を抱き寄せる。傍目には松葉杖を使う友人を介助してるようにしか見えないかも知れない。けれどその近さと、わざとらしい悠仁の微笑みが絋亮の羞恥を煽った。
「外だとしおらしいんだな」
「知らないよ!」
「照れる絋亮はレアだね」
流れるような動作で取り出したスマホのシャッターを切ると、写真を撮ってこの顔可愛いぞと言いながら悠仁が画面を見せてくる。
「本当勘弁してください。つか消してよ!」
「ヤダよ。可愛いく撮れた」
そんなくだらないやり取りをして本屋に辿り着くと、目当ての旅行雑誌を数冊とインテリア雑誌を購入して、フリーペーパーのスペースにある賃貸情報誌を手に取った。
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