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8.据え膳食わぬは男の恥
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タクシーで20分以上走っただろうか。
地名としては頭に入っているが、悠仁が訪れたことのないエリアに秋塚のマンションはあった。
寒空の下トランクから荷物を下ろすのを手伝うと、一人で持つには多過ぎる荷物を抱えて、オートロックのエントランスに抜け、エレベーターに乗り込んで最上階の8階に上がる。
「助かりました。俺一人だと持って帰るのが大変な量になったので」
「……これって、半分以上は私のせいで増えた荷物ですよね」
複数あるガーメントバッグは、明らかに悠仁に用意されたスーツが入っているだろうし、小型のトランクケースに近い大きさのケースは、ジュエリーが入っていた物だ。
「そんなこと気にしないで。俺が使う物が入ってるし、どのみち持ち込まないといけなかったんで。さ、何もないけど入って」
秋塚はそう言いながら笑顔を浮かべると、玄関のロックを解除して部屋の扉を開ける。
「荷物はどこまで運び入れましょうか」
「ふっ。それって職業病?」
「……あ、そうですね。すみません」
「謝らないでよ。ならお言葉に甘えて、とりあえず奥まで運んでもらえると助かります」
「じゃあ、お邪魔しますね」
広い玄関で並ぶようにして靴を脱ぐと、秋塚が先に部屋へ向かって長い廊下を進んでいく。悠仁はその後を追って中に入っていく。
(俺の部屋って本当、なんなの)
廊下にいくつも並ぶドアを見つめて、悠仁は自宅の狭いワンルームの間取りを思い描き、利便性を優先してるとしても、社会人としてあの部屋に住み続けるのは、いかがなものなのかと物悲しい気持ちになる。
「荷物はとりあえず、このリビングに置いて大丈夫。片付けは後でやるので」
飲み物を用意するねと、悠仁に荷物を置いてソファーに座るように声を掛けると、秋塚はその場を離れる。
秋塚の家の間取りまでは分からないが、ここから見えるのは広いリビングに白い革張りのソファーと低いガラステーブル。壁一面のお洒落な収納にテレビや音響関係、小さな鉢植えや雑貨、書籍が置かれていて、物がある割にスッキリしているのはセンスの問題だろうか。
「綺麗に整頓なさってるんですね」
4人掛けのダイニングテーブルの向こう、キッチンに立つ秋塚に向かって声を掛けると、そうでもないよと秋塚は笑顔を見せる。
「まあ散らかってるのは苦手かもね。はいどうぞ。ブランデー入れたけど大丈夫かな」
「ええ、大丈夫です」
悠仁は出された紅茶を受け取ると、まだ熱いので、さりげなく香りを楽しんでからテーブルに置く。
「さて。友川さんから預かってるスーツを返さないとね」
「そうですね。お借りしたアクセサリーと、このスーツも返さないと」
「なに言ってるの。それは友川さんへのプレゼント。返却不可だよ」
「はい?」
秋塚の発言に耳を疑う。こんな仕立ての良いスーツはもちろん、アクセサリーは彼の私物だと聞いた。それらをプレゼントだと彼は言ったのだろうか。
「なに驚いてるの?」
「いやいやいや。いただけませんよ」
「掛けちゃいけない迷惑を掛けたお詫びでしょ。だからこっちとしては、友川さんには受け取って貰わないと困る訳」
「にしたって過分なお礼ですよ」
「友川さんさ、逆の立場だったらどうお礼する?」
「それは」
言い淀む悠仁を見つめて柔らかく笑うと、本当に助かったからと秋塚が言う。
「恋人でも、ましてや友人でもない。顔見知り程度の、よく利用するホテルの従業員に頼むことではなかったよね」
冷静になれば確かにそうだが、ではあれ以外の選択肢があったのだろうかと悠仁は思う。
「もしもですが、あの時に私が声を掛けなかったらどうするつもりだったんですか」
「ああ、ホテルに着いた時?」
「そうです。大丈夫そうにも見えましたし」
「遅効性だったみたいだから、あの時はそこまでじゃなくて。なんとかなるだろって感じだったんだよね」
「でもあの時点で後で話したいと言いましたよね」
確かに、思い返すと矛盾のような気もしてくる。この違和感はなんなのだろうか。
悠仁が探るように見つめると、秋塚は困ったように眉尻を下げる。
「恥ずかしいから言いたくなかったんだけど」
「はい?」
「友川さんの声聞いたら身体が疼いたっていうか、アレが起爆剤になっちゃったんだよね」
「俺のせいですか!?」
「分かんないけど。心配された時に、なんでただの客の僅かな違和感にまで気付くのかなって思ったら、もしかしてこの人は俺のこと好きなのかなって。勘違いが暴走して……その、エロいこと想像しちゃって」
「あ。あぁ、そういう意味でしたか」
予想とは違った答えに、悠仁は少なからず動揺する。
(え、なに。なんだよその可愛い理由)
もちろん顔には出さないが、少し冷めた紅茶にようやく口をつけると、邪な思いと一緒にゴクリと喉を鳴らして飲み下す。
「ところで俺、今晩、友川さん帰す気ないんですよ」
「ゴフッ……は、え?」
急な話の展開に飲んでいた紅茶で咽せてしまい、咄嗟に口元を覆って眉間に皺を刻むと、そのまま怪訝な顔で秋塚を見つめる。
そんな悠仁を可笑しそうに笑いながら、ティッシュを持ってきて手渡すと、言葉のままですよと秋塚が口角を上げてすぐ隣に身を寄せて座る。
「シラフの状態で楽しみませんか」
耳元で厭らしく囁くと、秋塚は背中から手を回して、悠仁のスーツの内側に手を滑り込ませる。
「俺が目的なのか、セックスできれば良いのかどっちか聞いても?」
悠仁にとっても別に旨味のない話ではない。
憎からず思っていた相手だけに、昼のような緊急事態を除いて、関係性はクリアにしておきたい。
「えー?どっちかな」
「分かりましたよ。そもそも俺が、そこまで執着できない質なんで」
悠仁は諦めたように呟くと、降参しましたと両手を軽く上げるポーズを見せてから、キスを強請る秋塚に応えてその唇を奪った。
地名としては頭に入っているが、悠仁が訪れたことのないエリアに秋塚のマンションはあった。
寒空の下トランクから荷物を下ろすのを手伝うと、一人で持つには多過ぎる荷物を抱えて、オートロックのエントランスに抜け、エレベーターに乗り込んで最上階の8階に上がる。
「助かりました。俺一人だと持って帰るのが大変な量になったので」
「……これって、半分以上は私のせいで増えた荷物ですよね」
複数あるガーメントバッグは、明らかに悠仁に用意されたスーツが入っているだろうし、小型のトランクケースに近い大きさのケースは、ジュエリーが入っていた物だ。
「そんなこと気にしないで。俺が使う物が入ってるし、どのみち持ち込まないといけなかったんで。さ、何もないけど入って」
秋塚はそう言いながら笑顔を浮かべると、玄関のロックを解除して部屋の扉を開ける。
「荷物はどこまで運び入れましょうか」
「ふっ。それって職業病?」
「……あ、そうですね。すみません」
「謝らないでよ。ならお言葉に甘えて、とりあえず奥まで運んでもらえると助かります」
「じゃあ、お邪魔しますね」
広い玄関で並ぶようにして靴を脱ぐと、秋塚が先に部屋へ向かって長い廊下を進んでいく。悠仁はその後を追って中に入っていく。
(俺の部屋って本当、なんなの)
廊下にいくつも並ぶドアを見つめて、悠仁は自宅の狭いワンルームの間取りを思い描き、利便性を優先してるとしても、社会人としてあの部屋に住み続けるのは、いかがなものなのかと物悲しい気持ちになる。
「荷物はとりあえず、このリビングに置いて大丈夫。片付けは後でやるので」
飲み物を用意するねと、悠仁に荷物を置いてソファーに座るように声を掛けると、秋塚はその場を離れる。
秋塚の家の間取りまでは分からないが、ここから見えるのは広いリビングに白い革張りのソファーと低いガラステーブル。壁一面のお洒落な収納にテレビや音響関係、小さな鉢植えや雑貨、書籍が置かれていて、物がある割にスッキリしているのはセンスの問題だろうか。
「綺麗に整頓なさってるんですね」
4人掛けのダイニングテーブルの向こう、キッチンに立つ秋塚に向かって声を掛けると、そうでもないよと秋塚は笑顔を見せる。
「まあ散らかってるのは苦手かもね。はいどうぞ。ブランデー入れたけど大丈夫かな」
「ええ、大丈夫です」
悠仁は出された紅茶を受け取ると、まだ熱いので、さりげなく香りを楽しんでからテーブルに置く。
「さて。友川さんから預かってるスーツを返さないとね」
「そうですね。お借りしたアクセサリーと、このスーツも返さないと」
「なに言ってるの。それは友川さんへのプレゼント。返却不可だよ」
「はい?」
秋塚の発言に耳を疑う。こんな仕立ての良いスーツはもちろん、アクセサリーは彼の私物だと聞いた。それらをプレゼントだと彼は言ったのだろうか。
「なに驚いてるの?」
「いやいやいや。いただけませんよ」
「掛けちゃいけない迷惑を掛けたお詫びでしょ。だからこっちとしては、友川さんには受け取って貰わないと困る訳」
「にしたって過分なお礼ですよ」
「友川さんさ、逆の立場だったらどうお礼する?」
「それは」
言い淀む悠仁を見つめて柔らかく笑うと、本当に助かったからと秋塚が言う。
「恋人でも、ましてや友人でもない。顔見知り程度の、よく利用するホテルの従業員に頼むことではなかったよね」
冷静になれば確かにそうだが、ではあれ以外の選択肢があったのだろうかと悠仁は思う。
「もしもですが、あの時に私が声を掛けなかったらどうするつもりだったんですか」
「ああ、ホテルに着いた時?」
「そうです。大丈夫そうにも見えましたし」
「遅効性だったみたいだから、あの時はそこまでじゃなくて。なんとかなるだろって感じだったんだよね」
「でもあの時点で後で話したいと言いましたよね」
確かに、思い返すと矛盾のような気もしてくる。この違和感はなんなのだろうか。
悠仁が探るように見つめると、秋塚は困ったように眉尻を下げる。
「恥ずかしいから言いたくなかったんだけど」
「はい?」
「友川さんの声聞いたら身体が疼いたっていうか、アレが起爆剤になっちゃったんだよね」
「俺のせいですか!?」
「分かんないけど。心配された時に、なんでただの客の僅かな違和感にまで気付くのかなって思ったら、もしかしてこの人は俺のこと好きなのかなって。勘違いが暴走して……その、エロいこと想像しちゃって」
「あ。あぁ、そういう意味でしたか」
予想とは違った答えに、悠仁は少なからず動揺する。
(え、なに。なんだよその可愛い理由)
もちろん顔には出さないが、少し冷めた紅茶にようやく口をつけると、邪な思いと一緒にゴクリと喉を鳴らして飲み下す。
「ところで俺、今晩、友川さん帰す気ないんですよ」
「ゴフッ……は、え?」
急な話の展開に飲んでいた紅茶で咽せてしまい、咄嗟に口元を覆って眉間に皺を刻むと、そのまま怪訝な顔で秋塚を見つめる。
そんな悠仁を可笑しそうに笑いながら、ティッシュを持ってきて手渡すと、言葉のままですよと秋塚が口角を上げてすぐ隣に身を寄せて座る。
「シラフの状態で楽しみませんか」
耳元で厭らしく囁くと、秋塚は背中から手を回して、悠仁のスーツの内側に手を滑り込ませる。
「俺が目的なのか、セックスできれば良いのかどっちか聞いても?」
悠仁にとっても別に旨味のない話ではない。
憎からず思っていた相手だけに、昼のような緊急事態を除いて、関係性はクリアにしておきたい。
「えー?どっちかな」
「分かりましたよ。そもそも俺が、そこまで執着できない質なんで」
悠仁は諦めたように呟くと、降参しましたと両手を軽く上げるポーズを見せてから、キスを強請る秋塚に応えてその唇を奪った。
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