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25.①
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早いものでもう二月。
ビブリオバーのオープンに向け、業務は次第に過密になり、あっという間に毎日が過ぎていく。
「本多さん。経理に出した請求書、返されちゃったんですけど見てもらえますか」
「マジか。どれどれ? あ、これ項目が違うよ山ちゃん」
山口の書類の訂正箇所に付箋を貼ると、分類リストを渡してあとは自力で直させる。
「間違っても良いから、出来るだけ自分でやって覚えていこうな」
「はい。頑張ります」
短いやり取りを終えてパソコンに視線を戻すと、テスト運用時のデータを見直して、集客状況や売上分析を進めていく。
数字ばかり見ていると目が疲れるので、この作業はあまり得意じゃない。息抜きにフロアから一番離れた喫煙所に向かうと、いつもは誰も居ないそこに貴臣の姿があった。
確か今日は外回りで、戻り予定は夕方だった気がするが、予定が早く済んだんだろうか。
そんなことを考えて喫煙所の入り口で立ち往生していると、貴臣は片手をあげてごめんと謝るそぶりを見せ、どうやら電話をしているらしい。
だから口パクで出ていこうかと聞いてみると、咄嗟に腕を掴まれたので、出ていく必要はないんだろう。
自販機でコーヒーを二本買い、一本を貴臣の前に置いて、俺は対角の隅っこでタバコに火をつけた。
「だからもう良いって」
貴臣が困惑したように溜め息を吐いている。
「取り持ってくれなんて頼んでないだろ。ありがた迷惑なんだよ」
今度は怒ったように捲し立てている。
電話の相手はおそらく家族なような気がした。
「悪いけど仕事中だから切るよ。もう連絡してこないで。……なんで泣くんだよ、卑怯だろ」
凄く辛そうな貴臣を見てられなくて、スッと近付いてさりげなく手を握る。
ギョッとした様子の貴臣だったけど、意図に気付いたのか苦笑して俺を見つめると、スマホに向かって優しい声を出す。
「心配はしなくて良い。俺はちゃんと幸せだから」
スマホの向こうで貴臣の名前を呼ぶのは、おそらく母親だろうか。
「俺のことは本当に、心配しなくて良い」
そう呟いて貴臣は俺の手をギュッと握る。
絶縁だなんて、きっと親御さんも望んでなかったんだと思う。
貴臣の家の特殊な事情は聞いたけど、貴臣が悪い訳じゃないと思うし、いつかは分かり合えるんじゃないかと俺は思ってる。
「じゃあ本当に、仕事に支障が出るから切るよ」
貴臣はそう言って電話を切ると、改めて俺の手をギュッと握る。
「ありがとうな」
「気にすんな」
「なんか奢るわ」
「そういうの良いって」
笑いながら答えて手を離すと、短くなったタバコを灰皿に放り込んで、新しいタバコに火をつける。
「今日外回りじゃなかったっけ」
「ああ、向こうの都合でリスケになったからさっき戻ってきた」
「そうだったんだ。横浜まで行ったのに空振り?」
「いや、移動前に連絡あったから、そんなにロスは出なかったよ」
「でも急な話だな」
「うん。御身内に不幸があったらしくて。あ、そうだ。総務に伝えて弔電の手配してもらわないと」
「忘れないうちに行ってこいよ」
「うん。あ、今日は、うち来る?」
そう言われて今日が金曜なのを思い出す。
このところ本当に貴臣とべったり過ごすことが多くて、それもどうなんだろうと思いつつ、大きなケンカもないので問題ないと言っていいんだろう。
「新作ゲーム買ったんだろ」
「うん。まだ序盤だけどなかなか面白いよ」
「もうちゃっかり遊んでんのかよ」
「そりゃ買ったら遊ぶでしょ」
たわいないやり取りをしながら喫煙所を出ると、総務に寄る貴臣と別れて営業部に向かい、仕入れの状況を確認して資料を受け取る。
「本多、たまには試飲会手伝ってくれよ」
「今の時期は難しいです。赤坂のオープンが迫ってて、これでもやること多いんですよ」
「そっか、まあそうだよな」
「そうですよ。野島さんには、こっちが手伝って欲しいくらいなんですよ。本当頼みますね」
「いやいや、水面下でめちゃくちゃ働いてるからね」
「分かってますって」
ビブリオバーのオープンに向け、業務は次第に過密になり、あっという間に毎日が過ぎていく。
「本多さん。経理に出した請求書、返されちゃったんですけど見てもらえますか」
「マジか。どれどれ? あ、これ項目が違うよ山ちゃん」
山口の書類の訂正箇所に付箋を貼ると、分類リストを渡してあとは自力で直させる。
「間違っても良いから、出来るだけ自分でやって覚えていこうな」
「はい。頑張ります」
短いやり取りを終えてパソコンに視線を戻すと、テスト運用時のデータを見直して、集客状況や売上分析を進めていく。
数字ばかり見ていると目が疲れるので、この作業はあまり得意じゃない。息抜きにフロアから一番離れた喫煙所に向かうと、いつもは誰も居ないそこに貴臣の姿があった。
確か今日は外回りで、戻り予定は夕方だった気がするが、予定が早く済んだんだろうか。
そんなことを考えて喫煙所の入り口で立ち往生していると、貴臣は片手をあげてごめんと謝るそぶりを見せ、どうやら電話をしているらしい。
だから口パクで出ていこうかと聞いてみると、咄嗟に腕を掴まれたので、出ていく必要はないんだろう。
自販機でコーヒーを二本買い、一本を貴臣の前に置いて、俺は対角の隅っこでタバコに火をつけた。
「だからもう良いって」
貴臣が困惑したように溜め息を吐いている。
「取り持ってくれなんて頼んでないだろ。ありがた迷惑なんだよ」
今度は怒ったように捲し立てている。
電話の相手はおそらく家族なような気がした。
「悪いけど仕事中だから切るよ。もう連絡してこないで。……なんで泣くんだよ、卑怯だろ」
凄く辛そうな貴臣を見てられなくて、スッと近付いてさりげなく手を握る。
ギョッとした様子の貴臣だったけど、意図に気付いたのか苦笑して俺を見つめると、スマホに向かって優しい声を出す。
「心配はしなくて良い。俺はちゃんと幸せだから」
スマホの向こうで貴臣の名前を呼ぶのは、おそらく母親だろうか。
「俺のことは本当に、心配しなくて良い」
そう呟いて貴臣は俺の手をギュッと握る。
絶縁だなんて、きっと親御さんも望んでなかったんだと思う。
貴臣の家の特殊な事情は聞いたけど、貴臣が悪い訳じゃないと思うし、いつかは分かり合えるんじゃないかと俺は思ってる。
「じゃあ本当に、仕事に支障が出るから切るよ」
貴臣はそう言って電話を切ると、改めて俺の手をギュッと握る。
「ありがとうな」
「気にすんな」
「なんか奢るわ」
「そういうの良いって」
笑いながら答えて手を離すと、短くなったタバコを灰皿に放り込んで、新しいタバコに火をつける。
「今日外回りじゃなかったっけ」
「ああ、向こうの都合でリスケになったからさっき戻ってきた」
「そうだったんだ。横浜まで行ったのに空振り?」
「いや、移動前に連絡あったから、そんなにロスは出なかったよ」
「でも急な話だな」
「うん。御身内に不幸があったらしくて。あ、そうだ。総務に伝えて弔電の手配してもらわないと」
「忘れないうちに行ってこいよ」
「うん。あ、今日は、うち来る?」
そう言われて今日が金曜なのを思い出す。
このところ本当に貴臣とべったり過ごすことが多くて、それもどうなんだろうと思いつつ、大きなケンカもないので問題ないと言っていいんだろう。
「新作ゲーム買ったんだろ」
「うん。まだ序盤だけどなかなか面白いよ」
「もうちゃっかり遊んでんのかよ」
「そりゃ買ったら遊ぶでしょ」
たわいないやり取りをしながら喫煙所を出ると、総務に寄る貴臣と別れて営業部に向かい、仕入れの状況を確認して資料を受け取る。
「本多、たまには試飲会手伝ってくれよ」
「今の時期は難しいです。赤坂のオープンが迫ってて、これでもやること多いんですよ」
「そっか、まあそうだよな」
「そうですよ。野島さんには、こっちが手伝って欲しいくらいなんですよ。本当頼みますね」
「いやいや、水面下でめちゃくちゃ働いてるからね」
「分かってますって」
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