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6.①
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翌日の木曜日。
朝から顔を合わせた貴臣に、なにもなかったみたいに揶揄い半分でセクハラされて、どう答えて良いか分からなかった。
その後も普通にやり取りして、俺だけが普段通りに出来ずにギクシャクしている。
「圭吾、なんかあったの?」
「別に」
夕方になっていつもの人気のない喫煙所に向かうと、後からやってきた貴臣に声を掛けられた。
「別にって、元気ない顔してるけど」
「お前こそ。昨夜は予定があったんだろ。楽しめたのか」
「うん。まあね」
恋人でも出来たのかって、今までなら普通に聞くことが出来たのに、今はそれを言葉にすることが出来ない。
昨夜見かけたぞって普通に聞けば良いのに、そのなんでもない一声が口から出てこない理由なんて、もう分かりきってる。
(……俺も大概チョロいな)
好きだとか言われて、ナニをしゃぶられて、すっかりその気になってるのは俺の方だ。
なのに度胸がなくて自分で線を引いて貴臣を遠ざけてしまった。そのせいで貴臣の目は、他を向いたのかも知れない。
「圭吾、コーヒー飲む?」
「うん」
喫煙所の中にある自販機で貴臣は缶コーヒーを買うと、一つを俺の前に置く。
「本当にどうしたの。なんか変だよ」
「そうか?」
「話聞きたいけど、俺ちょっと予定が詰まってるから時間取れないんだよね」
「良いよ別に」
「なに、なんか怒ってる?」
「怒ってねえよ」
距離感がバグった位置で顔を覗き込まれ、咄嗟に体を引いて拒絶するようにそれを振り払うと、さすがに貴臣もそれ以上は俺に構わなくなった。
「なにがあったか知らないけど、来週なら話聞けるからさ。とりあえず俺は先にフロア戻るね」
「おう」
こんなのはただの八つ当たりなのに、貴臣が他の男と楽しそうにしてたのが、こんなにも苛立つ原因になるだなんて、やっぱり俺の方がどうかしてる。
喫煙所を出て屋上に向かうと、頭が冷えるまで少しだけ外の冷たい空気を吸った。
(結局、好きって言われて意識してんの俺だけじゃん)
貴臣が今でも俺に好意を持っているかは分からない。
そうなるようにしてしまったのは、他の誰でもない俺の一言のせいだろう。
こんなことなら、あんな線を引かずに、興味本位だったとしても貴臣のことを受け入れていれば良かった。
たかがひと月半しか時間が経っていないのに、こうも目まぐるしく状況が変わるだなんて思いもしなかった。
「バカみてえ……」
残り僅かになった缶コーヒーを飲み干すと、ゴミ箱に空き缶を放り込んで屋上からビルの中に入る。
そしてフロアに戻り、自分のデスクに座って仕事に集中すると、あっという間に時間は過ぎた。
「本多、飯行かないか」
そろそろ仕事を切り上げようかという頃、営業の野島さんが俺に声を掛けてきた。
「良いですね。なに食べます?」
「じゃあさ、結構古い店なんだけど、めちゃくちゃ美味い中華屋があるんだよ。そことかどうよ」
「そこ行きましょう」
気が付くと、斜め向かいにいるはずの貴臣の姿はもうなかった。
「あれ、東条が居ないじゃん」
「貴臣なら、なんか予定があるらしくて。多分先に帰ったんじゃないですかね」
「なんだよ、彼女とデートか」
何気ない一言に、心の奥の方がジリッと焦げるように焼きつく。
「ねー。イケメンはこれだから」
適当にその場を凌いで帰り支度を整えると、キリキリと痛み始めたお腹をさすって会社を出る。
「本多と飯に行くのも久々だな」
「そうですね」
「仕事の方はどうよ。新店舗のことで、色々忙しいんだろ」
「そうなんですよ。でも野島さんも忙しいでしょ。今度の試飲会、野島さんが仕切るって聞きましたよ」
「お前は賑やかしが得意だから、イベント手伝って欲しいくらいだよ」
「なに言ってんですか。営業のプロには負けますよ」
雑談をしつつ目的地に向かうと、会社から歩いて十分くらいのところに、野島さんオススメの中華屋はあった。
「狭いけど空いてるかな」
野島さんが店のドアを開けると、美味そうな匂いが一気に広がる。
朝から顔を合わせた貴臣に、なにもなかったみたいに揶揄い半分でセクハラされて、どう答えて良いか分からなかった。
その後も普通にやり取りして、俺だけが普段通りに出来ずにギクシャクしている。
「圭吾、なんかあったの?」
「別に」
夕方になっていつもの人気のない喫煙所に向かうと、後からやってきた貴臣に声を掛けられた。
「別にって、元気ない顔してるけど」
「お前こそ。昨夜は予定があったんだろ。楽しめたのか」
「うん。まあね」
恋人でも出来たのかって、今までなら普通に聞くことが出来たのに、今はそれを言葉にすることが出来ない。
昨夜見かけたぞって普通に聞けば良いのに、そのなんでもない一声が口から出てこない理由なんて、もう分かりきってる。
(……俺も大概チョロいな)
好きだとか言われて、ナニをしゃぶられて、すっかりその気になってるのは俺の方だ。
なのに度胸がなくて自分で線を引いて貴臣を遠ざけてしまった。そのせいで貴臣の目は、他を向いたのかも知れない。
「圭吾、コーヒー飲む?」
「うん」
喫煙所の中にある自販機で貴臣は缶コーヒーを買うと、一つを俺の前に置く。
「本当にどうしたの。なんか変だよ」
「そうか?」
「話聞きたいけど、俺ちょっと予定が詰まってるから時間取れないんだよね」
「良いよ別に」
「なに、なんか怒ってる?」
「怒ってねえよ」
距離感がバグった位置で顔を覗き込まれ、咄嗟に体を引いて拒絶するようにそれを振り払うと、さすがに貴臣もそれ以上は俺に構わなくなった。
「なにがあったか知らないけど、来週なら話聞けるからさ。とりあえず俺は先にフロア戻るね」
「おう」
こんなのはただの八つ当たりなのに、貴臣が他の男と楽しそうにしてたのが、こんなにも苛立つ原因になるだなんて、やっぱり俺の方がどうかしてる。
喫煙所を出て屋上に向かうと、頭が冷えるまで少しだけ外の冷たい空気を吸った。
(結局、好きって言われて意識してんの俺だけじゃん)
貴臣が今でも俺に好意を持っているかは分からない。
そうなるようにしてしまったのは、他の誰でもない俺の一言のせいだろう。
こんなことなら、あんな線を引かずに、興味本位だったとしても貴臣のことを受け入れていれば良かった。
たかがひと月半しか時間が経っていないのに、こうも目まぐるしく状況が変わるだなんて思いもしなかった。
「バカみてえ……」
残り僅かになった缶コーヒーを飲み干すと、ゴミ箱に空き缶を放り込んで屋上からビルの中に入る。
そしてフロアに戻り、自分のデスクに座って仕事に集中すると、あっという間に時間は過ぎた。
「本多、飯行かないか」
そろそろ仕事を切り上げようかという頃、営業の野島さんが俺に声を掛けてきた。
「良いですね。なに食べます?」
「じゃあさ、結構古い店なんだけど、めちゃくちゃ美味い中華屋があるんだよ。そことかどうよ」
「そこ行きましょう」
気が付くと、斜め向かいにいるはずの貴臣の姿はもうなかった。
「あれ、東条が居ないじゃん」
「貴臣なら、なんか予定があるらしくて。多分先に帰ったんじゃないですかね」
「なんだよ、彼女とデートか」
何気ない一言に、心の奥の方がジリッと焦げるように焼きつく。
「ねー。イケメンはこれだから」
適当にその場を凌いで帰り支度を整えると、キリキリと痛み始めたお腹をさすって会社を出る。
「本多と飯に行くのも久々だな」
「そうですね」
「仕事の方はどうよ。新店舗のことで、色々忙しいんだろ」
「そうなんですよ。でも野島さんも忙しいでしょ。今度の試飲会、野島さんが仕切るって聞きましたよ」
「お前は賑やかしが得意だから、イベント手伝って欲しいくらいだよ」
「なに言ってんですか。営業のプロには負けますよ」
雑談をしつつ目的地に向かうと、会社から歩いて十分くらいのところに、野島さんオススメの中華屋はあった。
「狭いけど空いてるかな」
野島さんが店のドアを開けると、美味そうな匂いが一気に広がる。
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