踊り子さんはその手で乱されたい。

藜-LAI-

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踊り子さんは風邪を引く②

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 程よく暖房が効いて来た頃に、ようやくコートを脱いでマフラーを外すと、買って来たヨーグルトを二口ほど食べて、処方薬をスポーツドリンクと一緒に飲む。
「きっつ……。あ、インフルだったって連絡しないと」
 床に投げ捨てたバッグからスマホを取り出すと、朦朧としながらメッセージを打つ。
(あれ、何日休めって言われたっけ。五日? いや、熱下がってから三日だっけ)
 よく思い出せなくて、治るまで休みますとよく分からないことを打ち込んで送信し、スポーツドリンクを抱えて這うようにベッドまで移動して布団に包まる。
「とりあえず寝てればどうにかなんだろ」
 咳をする度に頭痛がして、どんどん色んなことを考えるのが面倒になっていく。
 熱いのに寒気がして、ベッドの中で身を縮めていると、多分朦朧としてて夢なんだろうけど亮司さんの姿が見えた。
 俺は亮司さんに声を掛けようとするのに、亮司さんには俺の声が聞こえないのか、そもそも俺は声を出せてないのか、どんどん背中が小さくなって離れて行ってしまう。
 そして気が付くと、亮司さんの隣には美鶴さんが居て、二人は楽しげに微笑み合って俺なんかには目もくれない。
(ああ、そうか。これが現実か)
 不意にジャックの言ってた言葉が頭をよぎった。
『俺もう疲れちゃって。あいつに恋心はなくても愛情はあるんだ』
 亮司さんにとって美鶴さんが幼馴染みだというなら、亮司さんの立場で美鶴さんのようなパートナーが隣に立つことはなにも不自然じゃないんだ。
 急にそう思えて、ひどくやさぐれた気持ちになる。
 俺がそばにいることが亮司さんを、亮司さんの立場を危うくさせるんじゃないだろうか。そういう思いはずっと心にあるのも事実だ。
 そこに来て美鶴さんみたいな強烈なキャラクターが現れて、俺は自分が亮司さんに寄り添ってていい立場なのか分からなくなってしまった。
 こんな病気の時はどうしたって、心細くてろくなことを考えないって分かってても、このまま考えずにそばに居ても良いのかと俺自身の悲痛な声が聞こえる。
 それからうとうとしていつの間にか意識を手放すように寝入った俺は、けたたましく鳴り響くスマホの着信で目が覚めた。
「はぁあ……スマホ向こうだ」
 鳴り響くスマホを取りに行こうと、ベッドから起き上がって壁伝いにゆっくりとリビングに向かい、いつまでも着信の止まないスマホをようやく手に取った。
「……はい。もしもし」
『ジル、どうしたんだよ。店もう始まるぞ』
「……誰?」
『誰ってお前、まさか寝てたのか』
 スマホの向こうのユーリは呆れたように俺だよと答えると、声が変だなと寝起きかどうか確認してくる。
「あぁ、インフルエンザで。悪い。店に連絡入れんの忘れてたわ」
『マジかよ‼︎ お前大丈夫なの』
「大丈夫くねえよ。悪いけど、オーナーとみんなに伝えといて。本当悪い」
『分かった。あれだったら見舞い行ってやるぞ』
「うつしたらヤバいから良い。悪いけどマジでキツいから切るぞ。連絡忘れてて本当にすみませんって、オーナーに伝えといて」
『了解。お大事にな』
 騒がしい電話を切ると、ソファーにもたれて項垂れる。
(ヤベえな。美鶴さんキレてそう)
 店に連絡し忘れてたことより、フォーメーションが崩れると鬼軍曹がブチ切れることが頭をよぎって笑いが込み上げる。
「フッ、ハハッ。……っ。ゲホッ、ゴホッ」
 頭痛を煽るような咳が出て、病院から帰ってきた時よりも頭がくらくらするので、試しに熱を測ってみると三十九度七分。これはさすがにヤバい。
 一向に熱が引かないのに、風邪を想定した冷却シートや氷枕の 類たぐいが俺の家にはない。
 部屋の時計に目をやって、午前中からずっと寝込んでたのかとカーテンを閉めると、とりあえずヨーグルトをまた少しだけ食べて、処方薬と頓服をスポーツドリンクで流し込む。
「とりあえず寝よ」
 加湿器の水を確認して、今度こそスマホを持ってベッドに入ると、枕元の充電ケーブルにスマホを繋いで、また震え始めた体を掻き抱いて布団に包まった。
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