踊り子さんはその手で乱されたい。

藜-LAI-

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踊り子さんは風邪を引く①

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 ピピッという電子音に、遠のき掛けてた意識が戻ってくる。
 三十八度五分。完全に風邪を引いた。
 熱には割と強い方だけど、倦怠感が酷くて咳やくしゃみが止まらない。
 体温計をサイドテーブルに置くと、なんとかベッドから立ち上がってスマホを手にソファーに移動する。
 多分、ずぶ濡れで帰ってきたせいだと思うけど、万が一インフルエンザだったら迷惑を掛けるので、ダンススクールの代表にメッセージを打つ。
「保険証……財布に入ってたっけ」
 風邪を引いてしまったとメッセージを打ち終わると、送信を確認してから、自力で病院に行くために、近場の内科を検索で調べて地図で場所を確認する。
 呼吸をする度に喉をじんわり焼くような熱い息が漏れてきて、これは早いうちに診てもらわないとと、買い置きしてたはずのマスクを探す。
 そして寝巻きのスウェットの上にロング丈のダウンジャケットを羽織って、クローゼットから引っ張り出したマフラーをぐるぐる巻きにした。
「ダメだ、頭回んねえ」
 バッグは昨日雨に濡れてしまったので、玄関に置きっぱなしだった気がする。
 フラフラした足取りで玄関に向かい、放置されたボディバッグを拾い上げて中身が無事なことを確認すると、別のバッグに保険証を入れた財布を入れ替えて、忘れ物はないか辺りを見回す。
「あ、スマホか」
 スマホを手に取ってバッグにしまうと、次はいよいよ玄関の小物入れから鍵を取り出して部屋を出る。
「マジかよ。まだ降ってんのかよ」
 外に出るとまだ雨が降っていて、かなり雨足も強い。
 玄関の下駄箱に立て掛けたビニール傘を掴むと、戸締りをしてエレベーターに乗り込んで下に降りた。
(タクシー乗るほど遠くないし、気合いでいけんだろ)
 土砂降りの中、心許ないビニール傘をさしてゲホゲホと咳き込みながら思い足取りで病院を目指す。
 幸い平日のラッシュを過ぎた時間だからか、病院までの道のりで人とすれ違うこともない。
 思いの外風が強くて、雨ざらしになった手が赤くなって 悴かじかんでしまった。
 待ち時間も少なく診察室に入ると、インフルエンザやノロが流行ってるからと、鼻に長い綿棒みたいなのをぶち込まれてグリグリされて涙が出た。
 その結果を待つ間、検便と採血をして、再び診察室に入ると診断結果はインフルエンザだった。
(おいおい、マジかよ)
 頭の中で呟いたはずが、医者は可笑しそうに笑ってマジだぞと眼鏡のブリッジを押さえる。
 そして採血の数値を見た医者の話では、俺の場合は疲労も溜まっていたらしく、勧められて点滴を打ってもらうとだいぶ気分がマシになった。
 病院のすぐそばの薬局で処方薬を出してもらうと、帰り道にコンビニに寄って、適当にすぐ食べられそうな物を買い込む。
 点滴を打ってもらったからって、インフルエンザなんだから寝てればすぐ治るってもんでもない。
 レトルトのお粥をメインに、カットフルーツだとかヨーグルトなんかもカゴに放り込んで、思い出したようにスポーツドリンクも大きめの2リットル入りを二本買うことにした。
 そうして大荷物を抱えて傘をさすと、点滴のおかげか行き道よりはだいぶ気が楽で歩き易く、帰ったら体を温めるために風呂に浸かりたくなった。
(そういえば、風呂はやめとけって言われたっけ? あれ、なんだっけ)
 ぼんやりした頭で色々と医者の話を思い出そうとするのに、頭がちっとも働かない。
 ようやくマンションに辿り着いてエレベーターに乗り込むと、傘は畳まず閉じるだけで水溜りを作り、立ってるだけでも辛くて壁にもたれて熱い息を吐き出す。
 家が近い安堵感から、急に体が震えて寒気が込み上げてきた。また熱が上がってきたのかも知れない。
 なんとかして自分の部屋に辿り着くと、一度玄関に座り込んでその場で寝入ってしまった。
 そして次に意識がはっきりした瞬間は、寒さで目が覚めた気がして、玄関の戸締りすら出来てなかったことに気付いて鍵をかけると、立ち上がって部屋の中に入る。
「暖房と、加湿器だな」
 エアコンのスイッチを入れて部屋を暖めると、乾燥しないように加湿器に水をたっぷり入れて寝室のベッドの近くに置いた。
(薬飲まなきゃ……)
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