踊り子さんはその手で乱されたい。

藜-LAI-

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踊り子さんと新しい演出家②

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 美鶴さんはそう言うと、しばらくはキャストと質疑応答形式でプランを説明して、それが済むとパンッと手を叩いて解散と椅子から立ち上がった。
 美鶴さんが来て変わったことは他にもある。それは亮司さんと俺が、一緒に過ごす時間が減ってしまったこと。
 もちろん亮司さんの家に泊まりに行ったり、たまに亮司さんが俺の家に泊まることもあるけど、それでも前に比べて一緒に過ごせないことが増えたのは他でもない彼女のせいだ。
「亮司、ほら。仕事ばっかしてんじゃないわよ。さっさと帰るわよ」
「お前に経営のことは分からないだろ。口出ししてくるな」
「あのね。良いボスほど、自分の時間を大切にするものなのよ。分かったら晩御飯奢ってよね」
「またか」
「アンタのお願い聞いてアメリカから帰国してやったのよ? それを忘れた訳じゃないわよね」
「分かった。分かったよ、まったく」
 事務所の方から聞こえてくるやりとり。
 あんな風に亮司さんと美鶴さんが明け透けにやり取りしてるので、キャストの中では美鶴さんは亮司さんの恋人なんじゃないかって噂まで出てる。
(なんか、モヤモヤすんなあ)
 望まなくても聞こえてくる楽しそうなやり取りを尻目に、俺は亮司さんに声を掛けることも出来ないまま店を出る。
「寒っ」
 天気予報が外れた土砂降りの雨のせいで、二月も中旬だと言うのに今にも雪に変わりそうなほど外は寒い。
 こんな夜は正直、亮司さんと抱き合って眠りたい。
 本当は美鶴さんのことも、俺が気にしすぎてるって分かってる。だけど周りが面白おかしく騒げば騒ぐほど、俺の心は歪に荒んでいく。
「しょうもな」
 苛立ちを吐き出すと、モッズコートのフードを被り、ミリタリーブーツで水たまりを蹴って大通りまでの道のりを走る。
 こんなずぶ濡れじゃ、タクシーには乗れないかも知れない。案の定、急に雨足が強まったせいか、タクシーは捕まらず、俺はまるで頭を冷やすように三十分近い道のりを歩いて帰宅した。
「うぅう、ただいま……」
 びしょびしょに濡れて重たくなったコートを玄関で脱ぐと、凍えてぶるぶる震える体を縮こまらせながらブーツを脱ぎ、これまた濡れた靴下を脱いでバスルームに駆け込む。
「とりあえず、お湯貯めないと」
 脱いだ服をコートや靴下と一緒に洗濯機に放り込み、乾燥までをセットしてスイッチをオンにすると、浴室に入ってすぐに蛇口を捻って熱いシャワーを出す。
 そしてバスタブの中で身体を温めながら風呂掃除をして、それが終わってようやくバスタブに湯を貯める。
 体が芯まで冷え切ってなかなか温まりはしないけど、さっさと髪や体を洗って、シャワーを持ったまま、まだ湯が少ないバスタブに身を沈めた。
「うぅう。マジでヤバい。クソ寒い」
 肩からシャワーのお湯を掛けてバスタブの中で縮こまっていると、不意に亮司さんがどうしているのか気になった。
(この雨の中、美鶴さんと飯、食いに行ったのかな)
 あまりにも亮司さんとの距離感が近い美鶴さんに驚いて、彼女が来てすぐの頃、亮司さんにどういう間柄なのか聞いたことがある。
 美鶴さんは、外食チェーンの大手〈サンフィールド〉を傘下に持つ食品加工企業〈ホワイトサンライズ〉の令嬢らしく、親同士が懇意にしている幼馴染みなんだと亮司さんからは聞かされている。
 舞花によく似た自由奔放なタイプで、大好きなダンスを続けるために二十代の時に渡米して以来、連絡をたまに取る程度だったらしい。
 美鶴さんがなにを思って演出を引き受けてくれたのか分からないが、俺の直感は彼女に赤信号を灯している。
「あれは多分昔から、亮司さんのことが好きだったんだろうな」
 俺たちに接する時とは明らかに目や声音が違う。
 きっと舞花が遺した店だからって理由もあるだろうけど、多分他ならぬ亮司さんの誘いだったから仕事を引き受けてくれたんだろう。
「亮司さん、ちゃんと分かってんのかな」
 ようやく胸元まで貯まった湯に肩まで浸かると、言い様のないモヤモヤした気持ちを吐き出すみたいに、大きく溜め息を吐き出した。
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