39 / 47
踊り子さんと新しい演出家②
しおりを挟む
美鶴さんはそう言うと、しばらくはキャストと質疑応答形式でプランを説明して、それが済むとパンッと手を叩いて解散と椅子から立ち上がった。
美鶴さんが来て変わったことは他にもある。それは亮司さんと俺が、一緒に過ごす時間が減ってしまったこと。
もちろん亮司さんの家に泊まりに行ったり、たまに亮司さんが俺の家に泊まることもあるけど、それでも前に比べて一緒に過ごせないことが増えたのは他でもない彼女のせいだ。
「亮司、ほら。仕事ばっかしてんじゃないわよ。さっさと帰るわよ」
「お前に経営のことは分からないだろ。口出ししてくるな」
「あのね。良いボスほど、自分の時間を大切にするものなのよ。分かったら晩御飯奢ってよね」
「またか」
「アンタのお願い聞いてアメリカから帰国してやったのよ? それを忘れた訳じゃないわよね」
「分かった。分かったよ、まったく」
事務所の方から聞こえてくるやりとり。
あんな風に亮司さんと美鶴さんが明け透けにやり取りしてるので、キャストの中では美鶴さんは亮司さんの恋人なんじゃないかって噂まで出てる。
(なんか、モヤモヤすんなあ)
望まなくても聞こえてくる楽しそうなやり取りを尻目に、俺は亮司さんに声を掛けることも出来ないまま店を出る。
「寒っ」
天気予報が外れた土砂降りの雨のせいで、二月も中旬だと言うのに今にも雪に変わりそうなほど外は寒い。
こんな夜は正直、亮司さんと抱き合って眠りたい。
本当は美鶴さんのことも、俺が気にしすぎてるって分かってる。だけど周りが面白おかしく騒げば騒ぐほど、俺の心は歪に荒んでいく。
「しょうもな」
苛立ちを吐き出すと、モッズコートのフードを被り、ミリタリーブーツで水たまりを蹴って大通りまでの道のりを走る。
こんなずぶ濡れじゃ、タクシーには乗れないかも知れない。案の定、急に雨足が強まったせいか、タクシーは捕まらず、俺はまるで頭を冷やすように三十分近い道のりを歩いて帰宅した。
「うぅう、ただいま……」
びしょびしょに濡れて重たくなったコートを玄関で脱ぐと、凍えてぶるぶる震える体を縮こまらせながらブーツを脱ぎ、これまた濡れた靴下を脱いでバスルームに駆け込む。
「とりあえず、お湯貯めないと」
脱いだ服をコートや靴下と一緒に洗濯機に放り込み、乾燥までをセットしてスイッチをオンにすると、浴室に入ってすぐに蛇口を捻って熱いシャワーを出す。
そしてバスタブの中で身体を温めながら風呂掃除をして、それが終わってようやくバスタブに湯を貯める。
体が芯まで冷え切ってなかなか温まりはしないけど、さっさと髪や体を洗って、シャワーを持ったまま、まだ湯が少ないバスタブに身を沈めた。
「うぅう。マジでヤバい。クソ寒い」
肩からシャワーのお湯を掛けてバスタブの中で縮こまっていると、不意に亮司さんがどうしているのか気になった。
(この雨の中、美鶴さんと飯、食いに行ったのかな)
あまりにも亮司さんとの距離感が近い美鶴さんに驚いて、彼女が来てすぐの頃、亮司さんにどういう間柄なのか聞いたことがある。
美鶴さんは、外食チェーンの大手〈サンフィールド〉を傘下に持つ食品加工企業〈ホワイトサンライズ〉の令嬢らしく、親同士が懇意にしている幼馴染みなんだと亮司さんからは聞かされている。
舞花によく似た自由奔放なタイプで、大好きなダンスを続けるために二十代の時に渡米して以来、連絡をたまに取る程度だったらしい。
美鶴さんがなにを思って演出を引き受けてくれたのか分からないが、俺の直感は彼女に赤信号を灯している。
「あれは多分昔から、亮司さんのことが好きだったんだろうな」
俺たちに接する時とは明らかに目や声音が違う。
きっと舞花が遺した店だからって理由もあるだろうけど、多分他ならぬ亮司さんの誘いだったから仕事を引き受けてくれたんだろう。
「亮司さん、ちゃんと分かってんのかな」
ようやく胸元まで貯まった湯に肩まで浸かると、言い様のないモヤモヤした気持ちを吐き出すみたいに、大きく溜め息を吐き出した。
美鶴さんが来て変わったことは他にもある。それは亮司さんと俺が、一緒に過ごす時間が減ってしまったこと。
もちろん亮司さんの家に泊まりに行ったり、たまに亮司さんが俺の家に泊まることもあるけど、それでも前に比べて一緒に過ごせないことが増えたのは他でもない彼女のせいだ。
「亮司、ほら。仕事ばっかしてんじゃないわよ。さっさと帰るわよ」
「お前に経営のことは分からないだろ。口出ししてくるな」
「あのね。良いボスほど、自分の時間を大切にするものなのよ。分かったら晩御飯奢ってよね」
「またか」
「アンタのお願い聞いてアメリカから帰国してやったのよ? それを忘れた訳じゃないわよね」
「分かった。分かったよ、まったく」
事務所の方から聞こえてくるやりとり。
あんな風に亮司さんと美鶴さんが明け透けにやり取りしてるので、キャストの中では美鶴さんは亮司さんの恋人なんじゃないかって噂まで出てる。
(なんか、モヤモヤすんなあ)
望まなくても聞こえてくる楽しそうなやり取りを尻目に、俺は亮司さんに声を掛けることも出来ないまま店を出る。
「寒っ」
天気予報が外れた土砂降りの雨のせいで、二月も中旬だと言うのに今にも雪に変わりそうなほど外は寒い。
こんな夜は正直、亮司さんと抱き合って眠りたい。
本当は美鶴さんのことも、俺が気にしすぎてるって分かってる。だけど周りが面白おかしく騒げば騒ぐほど、俺の心は歪に荒んでいく。
「しょうもな」
苛立ちを吐き出すと、モッズコートのフードを被り、ミリタリーブーツで水たまりを蹴って大通りまでの道のりを走る。
こんなずぶ濡れじゃ、タクシーには乗れないかも知れない。案の定、急に雨足が強まったせいか、タクシーは捕まらず、俺はまるで頭を冷やすように三十分近い道のりを歩いて帰宅した。
「うぅう、ただいま……」
びしょびしょに濡れて重たくなったコートを玄関で脱ぐと、凍えてぶるぶる震える体を縮こまらせながらブーツを脱ぎ、これまた濡れた靴下を脱いでバスルームに駆け込む。
「とりあえず、お湯貯めないと」
脱いだ服をコートや靴下と一緒に洗濯機に放り込み、乾燥までをセットしてスイッチをオンにすると、浴室に入ってすぐに蛇口を捻って熱いシャワーを出す。
そしてバスタブの中で身体を温めながら風呂掃除をして、それが終わってようやくバスタブに湯を貯める。
体が芯まで冷え切ってなかなか温まりはしないけど、さっさと髪や体を洗って、シャワーを持ったまま、まだ湯が少ないバスタブに身を沈めた。
「うぅう。マジでヤバい。クソ寒い」
肩からシャワーのお湯を掛けてバスタブの中で縮こまっていると、不意に亮司さんがどうしているのか気になった。
(この雨の中、美鶴さんと飯、食いに行ったのかな)
あまりにも亮司さんとの距離感が近い美鶴さんに驚いて、彼女が来てすぐの頃、亮司さんにどういう間柄なのか聞いたことがある。
美鶴さんは、外食チェーンの大手〈サンフィールド〉を傘下に持つ食品加工企業〈ホワイトサンライズ〉の令嬢らしく、親同士が懇意にしている幼馴染みなんだと亮司さんからは聞かされている。
舞花によく似た自由奔放なタイプで、大好きなダンスを続けるために二十代の時に渡米して以来、連絡をたまに取る程度だったらしい。
美鶴さんがなにを思って演出を引き受けてくれたのか分からないが、俺の直感は彼女に赤信号を灯している。
「あれは多分昔から、亮司さんのことが好きだったんだろうな」
俺たちに接する時とは明らかに目や声音が違う。
きっと舞花が遺した店だからって理由もあるだろうけど、多分他ならぬ亮司さんの誘いだったから仕事を引き受けてくれたんだろう。
「亮司さん、ちゃんと分かってんのかな」
ようやく胸元まで貯まった湯に肩まで浸かると、言い様のないモヤモヤした気持ちを吐き出すみたいに、大きく溜め息を吐き出した。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
スノードロップに触れられない
ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
*表紙*
題字&イラスト:niia 様
※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください
(拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!)
アルファだから評価され、アルファだから期待される世界。
先天性のアルファとして生まれた松葉瀬陸真(まつばせ りくま)は、根っからのアルファ嫌いだった。
そんな陸真の怒りを鎮めるのは、いつだって自分よりも可哀想な存在……オメガという人種だ。
しかし、その考えはある日突然……一変した。
『四月から入社しました、矢車菊臣(やぐるま きくおみ)です。一応……先に言っておきますけど、ボクはオメガ性でぇす。……あっ。だからって、襲ったりしないでくださいねぇ?』
自分よりも楽観的に生き、オメガであることをまるで長所のように語る後輩……菊臣との出会い。
『職場のセンパイとして、人生のセンパイとして。後輩オメガに、松葉瀬センパイが知ってる悪いこと……全部、教えてください』
挑発的に笑う菊臣との出会いが、陸真の人生を変えていく。
周りからの身勝手な評価にうんざりし、ひねくれてしまった青年アルファが、自分より弱い存在である筈の後輩オメガによって変わっていくお話です。
可哀想なのはオメガだけじゃないのかもしれない。そんな、他のオメガバース作品とは少し違うかもしれないお話です。
自分勝手で俺様なアルファ嫌いの先輩アルファ×飄々としているあざと可愛い毒舌後輩オメガ でございます!!
※ アダルト表現のあるページにはタイトルの後ろに * と表記しておりますので、読む時はお気を付けください!!
※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
猫をかぶるにも程がある
如月自由
BL
陽キャ大学生の橘千冬には悩みがある。声フェチを拗らせすぎて、女性向けシチュエーションボイスでしか抜けなくなってしまったという悩みが。
千冬はある日、いい声を持つ陰キャ大学生・綱島一樹と知り合い、一夜の過ちをきっかけに付き合い始めることになる。自分が男を好きになれるのか。そう訝っていた千冬だったが、大好きオーラ全開の一樹にほだされ、気付かぬうちにゆっくり心惹かれていく。
しかし、弱気で優しい男に見えた一樹には、実はとんでもない二面性があって――!?
ノンケの陽キャ大学生がバリタチの陰キャ大学生に美味しく頂かれて溺愛される話。または、暗い過去を持つメンヘラクズ男が圧倒的光属性の好青年に救われるまでの話。
ムーンライトノベルズでも公開しております。
同級生がCEO―クールな彼は夢見るように愛に溺れたい(らしい)【番外編も完結】
光月海愛(こうつきみあ)
恋愛
「二度となつみ以外の女を抱けないと思ったら虚しくて」
なつみは、二年前婚約破棄してから派遣社員として働く三十歳。
女として自信を失ったまま、新しい派遣先の職場見学に。
そこで同じ中学だった神城と再会。
CEOである神城は、地味な自分とは正反対。秀才&冷淡な印象であまり昔から話をしたこともなかった。
それなのに、就くはずだった事務ではなく、神城の秘書に抜擢されてしまう。
✜✜目標ポイントに達成しましたら、ショートストーリーを追加致します。ぜひお気に入り登録&しおりをお願いします✜✜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる