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踊り子さんと新しい演出家①
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正月が過ぎて一月も終わり、バレンタインが近付いて街が和やかになった頃、その人は嵐のように現れた。
「違うちがぁう! お客様が居ると思って動きなさいって言ってるの。それとも貴方たちにはそのイメージすら出来ないの⁉︎」
フロアの中央に立ってステージ全体を眺め、呆れたように舌打ちまですると、音響のスタッフに指示を出して最初からやり直しだと仕切り直す。
「スリー、フォー、そこでユーリが前に出る。 出出しが遅い!」
手を叩きながら鋭い目でステージの端から端までを監視して、納得いかないとステージに登ってきてキャストに直接触れ、細かい角度や手の動きをさらに指示していく。
「カイザー、腰だけ振ってりゃ良いってもんじゃないの。腰を突き出した時は、辛くても背中を意識して。ルーク、笑ってるけどアンタもよ! 身体が逞しいからこそ繊細な動きを意識して」
舞花がいた頃の文化祭のようなノリとは、百八十度違う熱血指導に、早くも俺たちにはストレスと苛立ちが溜まっていく。
「顔に出てるわよ、鬼ババアうるさいって。だけど貴方たちはお客様にお金をいただいてるから踊れるの。さ、もう一回アタマからやり直し!」
彼女はワンツーと叫んで手を叩くと、それに合わせてBGMがアタマから流れ、ステージに立つ俺たちは本番さながらにステップを踏んでいく。
俺たちに鬼ババアと言わしめるこの女性こそ、亮司さんの紹介でステージの演習担当として雇われることになった、 赤澤 美鶴さんだ。
亮司さんより歳上だという彼女は、老いを一切感じさせないまさに美魔女で、驚くほどの美貌と引き締まった身体、出るところが出た奇跡のボディには、キャストの誰もが目を奪われた。
亮司さんの話では、ブロードウェイのステージに立つ現役のダンサーだという話だが、そんなすごい環境に居たのに、なぜ今回の話を受けてくれたのか理由が分からない。
「ジル、半テンポ遅れたのをアドリブで誤魔化さない‼︎ ユーリ、アンタも誰かに檄が飛ぶ度にいちいち笑わない!」
BGMに負けない怒号が響き渡ると、全体練習を終えて、ソロパートの練習に移行する。
開店までに時間がない中、フロアも使ってそれぞれがダンスのおさらいをして、美鶴さんがそれを歩き回って見て回る手法だ。
自分でも鬼ババアなんて言うし、実際影では鬼軍曹と呼ばれ始めてて、彼女の指導が厳しいのは事実だけど、舞花を亡くして弛んでたプロ意識を引き摺り出されて身が引き締まる思いだ。
「ジル、ポールダンスは誰かに師事したものかしら」
「はい」
「なるほど。先生が良いのね、体軸がしっかりしてるわ。そのまま練習を怠らないようにしてね」
「分かりました」
「ジャック、ちょっと良いかしら」
ステージからフロアに降りていく美鶴さんの後ろ姿を眺めながら、なんて綺麗な姿勢だろうと筋肉の使い方に無駄がないのを肌で感じる。
「ジル、ちょっと良いか? ミッちゃんがマティーニの時にもっと力を抜けって言うんだけど」
「ミッちゃんって、お前怒られるぞ。で? なんだっけ、ああ、マティーニの時の姿勢ね。それは……」
ポールダンスに関しては及第点を貰えたようだし、ミッちゃんなんて呼び方に驚きつつも、俺はユーリに指導しながら自分も開店前の練習をこなす。
斯くして、俺たちの公演に演出家の美鶴さんがついて、〈バイオレットフラクション〉のダンスは息を吹き返したように激変した。
それは売り上げやアンケート用紙を見るよりも、フロアで俺たちを見つめるお客さんの目の輝きを見れば明らかだった。
それぞれ本業を抱えるキャストたちに負担がないように、練習時間が増やされることはなかったけど、短時間で密度の濃いブートキャンプ式のレッスンは成果を出したという訳だ。
そして閉店後に恒例となった反省会という名のミーティングを終えると、ホワイトデーに向けた特殊なステージの演出プランの紙が配られた。
「空いた時間に各自練習を進めること。良いわね」
「違うちがぁう! お客様が居ると思って動きなさいって言ってるの。それとも貴方たちにはそのイメージすら出来ないの⁉︎」
フロアの中央に立ってステージ全体を眺め、呆れたように舌打ちまですると、音響のスタッフに指示を出して最初からやり直しだと仕切り直す。
「スリー、フォー、そこでユーリが前に出る。 出出しが遅い!」
手を叩きながら鋭い目でステージの端から端までを監視して、納得いかないとステージに登ってきてキャストに直接触れ、細かい角度や手の動きをさらに指示していく。
「カイザー、腰だけ振ってりゃ良いってもんじゃないの。腰を突き出した時は、辛くても背中を意識して。ルーク、笑ってるけどアンタもよ! 身体が逞しいからこそ繊細な動きを意識して」
舞花がいた頃の文化祭のようなノリとは、百八十度違う熱血指導に、早くも俺たちにはストレスと苛立ちが溜まっていく。
「顔に出てるわよ、鬼ババアうるさいって。だけど貴方たちはお客様にお金をいただいてるから踊れるの。さ、もう一回アタマからやり直し!」
彼女はワンツーと叫んで手を叩くと、それに合わせてBGMがアタマから流れ、ステージに立つ俺たちは本番さながらにステップを踏んでいく。
俺たちに鬼ババアと言わしめるこの女性こそ、亮司さんの紹介でステージの演習担当として雇われることになった、 赤澤 美鶴さんだ。
亮司さんより歳上だという彼女は、老いを一切感じさせないまさに美魔女で、驚くほどの美貌と引き締まった身体、出るところが出た奇跡のボディには、キャストの誰もが目を奪われた。
亮司さんの話では、ブロードウェイのステージに立つ現役のダンサーだという話だが、そんなすごい環境に居たのに、なぜ今回の話を受けてくれたのか理由が分からない。
「ジル、半テンポ遅れたのをアドリブで誤魔化さない‼︎ ユーリ、アンタも誰かに檄が飛ぶ度にいちいち笑わない!」
BGMに負けない怒号が響き渡ると、全体練習を終えて、ソロパートの練習に移行する。
開店までに時間がない中、フロアも使ってそれぞれがダンスのおさらいをして、美鶴さんがそれを歩き回って見て回る手法だ。
自分でも鬼ババアなんて言うし、実際影では鬼軍曹と呼ばれ始めてて、彼女の指導が厳しいのは事実だけど、舞花を亡くして弛んでたプロ意識を引き摺り出されて身が引き締まる思いだ。
「ジル、ポールダンスは誰かに師事したものかしら」
「はい」
「なるほど。先生が良いのね、体軸がしっかりしてるわ。そのまま練習を怠らないようにしてね」
「分かりました」
「ジャック、ちょっと良いかしら」
ステージからフロアに降りていく美鶴さんの後ろ姿を眺めながら、なんて綺麗な姿勢だろうと筋肉の使い方に無駄がないのを肌で感じる。
「ジル、ちょっと良いか? ミッちゃんがマティーニの時にもっと力を抜けって言うんだけど」
「ミッちゃんって、お前怒られるぞ。で? なんだっけ、ああ、マティーニの時の姿勢ね。それは……」
ポールダンスに関しては及第点を貰えたようだし、ミッちゃんなんて呼び方に驚きつつも、俺はユーリに指導しながら自分も開店前の練習をこなす。
斯くして、俺たちの公演に演出家の美鶴さんがついて、〈バイオレットフラクション〉のダンスは息を吹き返したように激変した。
それは売り上げやアンケート用紙を見るよりも、フロアで俺たちを見つめるお客さんの目の輝きを見れば明らかだった。
それぞれ本業を抱えるキャストたちに負担がないように、練習時間が増やされることはなかったけど、短時間で密度の濃いブートキャンプ式のレッスンは成果を出したという訳だ。
そして閉店後に恒例となった反省会という名のミーティングを終えると、ホワイトデーに向けた特殊なステージの演出プランの紙が配られた。
「空いた時間に各自練習を進めること。良いわね」
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