踊り子さんはその手で乱されたい。

藜-LAI-

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踊り子さんだって役に立ちたい②

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「そういうのんびりしたところが、みんな癒されるんだって」
 笑い飛ばすようにジャックに軽口を叩き、鏡を見つめてメイクを落とすと、不意に寂しい顔をしたジャックの様子が気になって、そのまま鏡越しにどうしたのかと声を掛ける。
「どうしたんだよ」
「ちょっとな。この後、時間取れるか? 飯でも食って久々に話しないか」
「いいよ。ジャックと飯なんて久々だし嬉しいよ」
 きっと楽しい話じゃない。それが分かっていても、俺は出来る限りの笑顔を浮かべてジャックとくだらない話をして帰り支度を済ませた。
「亮司さんごめん、ジャックと飲みにいくことになったから、事務所の手伝いはまた今度」
「分かった。たまにはゆっくりして来い」
「ん。ありがとう」
 亮司さんに挨拶を済ませてジャックと合流すると、店の裏手にある隠れ家的なダイニングバーに向かい、ここにくるのも久しぶりだと、二人で懐かしさに浸って適当に注文を済ませる。
「それで。いつ店を辞めるつもりなんだよ、 春輝はるき
「やっぱりお前には分かるか」
「分かるよ、付き合い長えもん」
「うん。来年の春には地元に帰る気でいる」
「そっか。ダンスは続けるのか?」
「どうだろうな。食っていくのに精一杯だろうし、続ける余裕があるか分からない」
 運ばれてきたビールで乾杯すると、ジャックこと 中澤なかざわ 春輝はるきは結婚することにしたと、少し切なそうに笑った。
 そんな顔をする理由は一つしかない。春輝が俺と同じでゲイだからだ。
「理由を聞いても良いかな」
「幼馴染みの子がな、不倫してたらしくて父親のいない子を産むって聞いて、居ても立っても居られなくてさ」
「お前らしい理由だけど、その子の親になるって意味か」
「うん。恵美……幼馴染みとも何度も話し合ってさ、幸い俺はハサミさえあれば仕事も出来るし」
 昼は美容師として働く春輝は、今も二店舗ほど店を構えているはずだ。
「なにも地元に帰らなくても」
「幼馴染みの親御さん、お袋さんだけなんだよ。お前だから話すけどさ、勇樹。彼女も同じ状況で生まれた子で、それなりに苦労してきたんだよ」
「そうか。でもそんなのは同情なんじゃないのか? お前らしくもない」
「同じことを彼女にも言われた。でもさ、俺もう疲れちゃって。あいつに恋心はなくても愛情はあるんだ。家族の情とでも言うのかな」
「二人で生きてくだけなら、そう言うのも許されるかも知れないけど、子供が出来るんだろ。本当にやっていけるのか」
「……凄い悩んで話し合って、もうそういう答えを出したんだ」
「そっか。春輝は結構頑固だもんな」
 相手の子はもちろん春輝がゲイだと知っている。だから春輝の申し出をとことん断って拒絶したようだが、春輝はどうしても彼女の手を放そうとはしなかった。
 こんな形の家族もあるのかも知れないと、今は春輝が決めたことに賛同するしかない。
 家族になるからこそ、必要な愛情がある気がする俺からすれば、春輝が選んだ家族の形はすごく脆くて破綻してしまいそうだと思う。
 もちろん責任感が強くて、とことん面倒見がいい男だということは知ってるけど、奥さんになるその幼馴染みが男性的な愛情を欲しないとも限らない。
 それに応えてやることが出来ないのに、本当にそれで良いんだろうか。
(お互いにとって、そんなの生殺しじゃないのか?)
 悶々としながら、だけどもう決めたことだと繰り返す春輝に、それ以上食い下がるようなことは出来なくて、きっと決意が鈍らないように俺に聞かせたかったのだと思うことにした。
 春輝が所有する美容室に関しては、代理のオーナーを雇って経営には関与していくらしい。
 そりゃ確かにこれから結婚と子育てで入り用になってくるだろうし、美容師という職人なのだから、地元に新店舗を出す感じで生活基盤を移すというのには賛成だ。
 俺の方は最近どうなのかと聞かれ、亮司さんのことは伏せて、恋人とは上手くいってると言うに留める。
 俺も分からなかったくらいだし、多分春輝も亮司さんがゲイだとは気付いてないだろう。
 それが証拠に、オーナーは俺が懐くからって人遣いが荒いんじゃないかと、春輝は困った顔で笑った。
 お互いの近況やこれからのことを、なんとなく話してるうちに、頼んだ食事を食べ終わり、こうして話す機会もなくなるのかとしんみりした気持ちになる。
 みんなが店を巣立っていって、きっと俺はこれから
先もそれを見送る側になるんだと思う。
 だけど不思議と、もうそれに関して俺の中でモヤモヤしてたわだかまりは消えていた。
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