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踊り子さんだって役に立ちたい①
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季節は巡って俺はダンス講師の仕事をセーブしながら、〈バイオレットフラクション〉で事務所の仕事を手伝う日が増えている。
理由はもちろん、自分の好きな場所と仲間を守りたい思いが強いからだし、なによりダンス以外でも亮司さんの力になりたくて俺から彼にお願いした。
「ジル、営業中に事務の仕事はしなくて良いって言ってるだろ」
「でも松河さんが冬休みに入ったんで、どうしても仕事が溜まりがちなんですよ」
新しく事務員として雇い入れた 松河 莉子さんは舞花の古い友人で、ご主人と一緒に海外赴任から最近帰国して舞花の訃報を聞き、店を訪ねてきてくれた。
亮司さんも面識があったらしく、なにか力になりたいと申し出てくれた彼女に、店の煩雑な事務処理を任せることになったのは今月に入ってからだ。
「あのな、俺の力になりたいって気持ちは嬉しいけど、今だってお前を待ってる人がフロアに山ほど居るんだ。しっかりしてくれよ、トップダンサーさん」
「オーナー」
「どうしても気になるなら、閉店してから手伝ってくれたら良い」
「分かりました。じゃあ行ってきます」
あれから亮司さんは本業の方でバタバタしてるにも拘らず、きちんと自分の手でこの店の管理をするようになった。
もちろんあれだけのことがあったから、当然と言えば当然なのかも知れないけど、オーバーワーク気味なんじゃないかと心配になる程、仕事に根を詰めている姿が痛々しい時がある。
(俺がもっと力になれたらな……)
いくら恋人とはいえ、一従業員でしかない俺に出来ることは、やっぱりステージに立って売り上げに貢献することだ。
「集中しないと」
舞台袖でパンッと両頬を叩いて気合いを入れ直すと、隣で控えてたユーリが驚いた顔を俺に向けてきた。
「ちょっとなに。めっちゃ気合い入れるじゃん」
「ポールダンスは結構ハードだから、余計なこと考えないように気合い入れたんだよ」
「それはいまだにミスする俺への嫌味かよ」
「そう思うならお前も気合い入れろ」
ユーリの頬を叩いて遊んでいると、フロアが暗転して今まで踊ってたメンツがはけてきた。
ラウド系のダンスミュージックから一転してムーディなBGMが流れ、スタッフが慌ただしくポールダンスのためにステージの転換をする。
「あのさジル」
「ん?」
「ダンス辞めるのか」
「はあ?」
突然の質問にびっくりしてユーリを見つめると、そばに居た他の奴らも俺を見てる。
「舞花さんはお前を信頼してたし、今のオーナーもお前のことは信頼してるだろ。だから最近ずっと事務所で手伝いしてるんだよな」
「いや、それは」
「でもさ、俺たちはお前のダンスを見てたいんだよ」
「ユーリ」
それはハッとさせられる言葉だった。
ここで踊ってる連中は、誰一人として現状に満足していない。
もちろんプロダンサーを目指してる奴もいれば、それを諦めて模索しながらここにいる奴もいる。
そんな中で俺の存在はかなり異質だと思ってたけど、俺が胸を張って踊ることで、こいつらに何かを与えることが出来るなら、そんなやり甲斐のあることはないと思う。
「バカ。やめねえよ。ジジイになっても脱いで沸かせてやるよ」
俺が答えると、みんな安堵したように笑う姿が印象的だった。
確かに亮司さんの恋人として、どうにかして彼の役に立ちたいと思ってたけど、結局俺は踊ることしか知らないダンサーでしかないんだ。
お客さんの前に立って、ありがたいことにそれを望まれて、今日もその先も、ステージで踊ることが出来る。
それを舞花に教えてもらったのに、つい眩しくて目先のことに気を取られ、大事なことを見落としてしまうところだった。
踊ることしか出来ないんじゃない、踊ることが俺の最大の武器なんだ。
そう思うと気持ちは晴れやかで、それだけでテンションが上がって最高のパフォーマンスが出来たと思う。
「お疲れ」
「お疲れさん」
「いや、凄かったなジル」
パフォーマンスを終えて楽屋に戻ると、俺を取り囲むようにして人集りが出来る。
「チップがエグいな」
「マジで、こんなにどこに詰めてたんだよ」
「ブーツの中まで入ってじゃん。ウケる」
残念ながらこれらの紙は現金ではなくて、店でお客さんが盛り上がれるように、事前に購入する紙幣を真似たお捻り用の紙切れだ。
全部で何枚あるのかと周りが盛り上がる中、ここでは俺と同じくらい勤務歴が長いジャックが、俺の隣の椅子に腰掛けて大したもんだなと笑う。
「サイファが抜けて舞花さんまで失って、正直なところこと店も終わっちまうかと思ってたけど、お前がトップになってみんなを引っ張るとはね」
「なに言ってんだよ。精神的な支柱は昔からお前だろ」
「俺はそんなお父さんみたいなポジションやだなあ」
理由はもちろん、自分の好きな場所と仲間を守りたい思いが強いからだし、なによりダンス以外でも亮司さんの力になりたくて俺から彼にお願いした。
「ジル、営業中に事務の仕事はしなくて良いって言ってるだろ」
「でも松河さんが冬休みに入ったんで、どうしても仕事が溜まりがちなんですよ」
新しく事務員として雇い入れた 松河 莉子さんは舞花の古い友人で、ご主人と一緒に海外赴任から最近帰国して舞花の訃報を聞き、店を訪ねてきてくれた。
亮司さんも面識があったらしく、なにか力になりたいと申し出てくれた彼女に、店の煩雑な事務処理を任せることになったのは今月に入ってからだ。
「あのな、俺の力になりたいって気持ちは嬉しいけど、今だってお前を待ってる人がフロアに山ほど居るんだ。しっかりしてくれよ、トップダンサーさん」
「オーナー」
「どうしても気になるなら、閉店してから手伝ってくれたら良い」
「分かりました。じゃあ行ってきます」
あれから亮司さんは本業の方でバタバタしてるにも拘らず、きちんと自分の手でこの店の管理をするようになった。
もちろんあれだけのことがあったから、当然と言えば当然なのかも知れないけど、オーバーワーク気味なんじゃないかと心配になる程、仕事に根を詰めている姿が痛々しい時がある。
(俺がもっと力になれたらな……)
いくら恋人とはいえ、一従業員でしかない俺に出来ることは、やっぱりステージに立って売り上げに貢献することだ。
「集中しないと」
舞台袖でパンッと両頬を叩いて気合いを入れ直すと、隣で控えてたユーリが驚いた顔を俺に向けてきた。
「ちょっとなに。めっちゃ気合い入れるじゃん」
「ポールダンスは結構ハードだから、余計なこと考えないように気合い入れたんだよ」
「それはいまだにミスする俺への嫌味かよ」
「そう思うならお前も気合い入れろ」
ユーリの頬を叩いて遊んでいると、フロアが暗転して今まで踊ってたメンツがはけてきた。
ラウド系のダンスミュージックから一転してムーディなBGMが流れ、スタッフが慌ただしくポールダンスのためにステージの転換をする。
「あのさジル」
「ん?」
「ダンス辞めるのか」
「はあ?」
突然の質問にびっくりしてユーリを見つめると、そばに居た他の奴らも俺を見てる。
「舞花さんはお前を信頼してたし、今のオーナーもお前のことは信頼してるだろ。だから最近ずっと事務所で手伝いしてるんだよな」
「いや、それは」
「でもさ、俺たちはお前のダンスを見てたいんだよ」
「ユーリ」
それはハッとさせられる言葉だった。
ここで踊ってる連中は、誰一人として現状に満足していない。
もちろんプロダンサーを目指してる奴もいれば、それを諦めて模索しながらここにいる奴もいる。
そんな中で俺の存在はかなり異質だと思ってたけど、俺が胸を張って踊ることで、こいつらに何かを与えることが出来るなら、そんなやり甲斐のあることはないと思う。
「バカ。やめねえよ。ジジイになっても脱いで沸かせてやるよ」
俺が答えると、みんな安堵したように笑う姿が印象的だった。
確かに亮司さんの恋人として、どうにかして彼の役に立ちたいと思ってたけど、結局俺は踊ることしか知らないダンサーでしかないんだ。
お客さんの前に立って、ありがたいことにそれを望まれて、今日もその先も、ステージで踊ることが出来る。
それを舞花に教えてもらったのに、つい眩しくて目先のことに気を取られ、大事なことを見落としてしまうところだった。
踊ることしか出来ないんじゃない、踊ることが俺の最大の武器なんだ。
そう思うと気持ちは晴れやかで、それだけでテンションが上がって最高のパフォーマンスが出来たと思う。
「お疲れ」
「お疲れさん」
「いや、凄かったなジル」
パフォーマンスを終えて楽屋に戻ると、俺を取り囲むようにして人集りが出来る。
「チップがエグいな」
「マジで、こんなにどこに詰めてたんだよ」
「ブーツの中まで入ってじゃん。ウケる」
残念ながらこれらの紙は現金ではなくて、店でお客さんが盛り上がれるように、事前に購入する紙幣を真似たお捻り用の紙切れだ。
全部で何枚あるのかと周りが盛り上がる中、ここでは俺と同じくらい勤務歴が長いジャックが、俺の隣の椅子に腰掛けて大したもんだなと笑う。
「サイファが抜けて舞花さんまで失って、正直なところこと店も終わっちまうかと思ってたけど、お前がトップになってみんなを引っ張るとはね」
「なに言ってんだよ。精神的な支柱は昔からお前だろ」
「俺はそんなお父さんみたいなポジションやだなあ」
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