踊り子さんはその手で乱されたい。

藜-LAI-

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踊り子さんは危険を察知する①

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 亮司さんと付き合うようになって早くも二ヶ月と少し。私生活が充実すると、仕事にも張り合いが出て今の俺は絶好調と言って良いだろう。
「キャー‼︎ ジル様ぁ」
「ジルぅ、こっちにも来てぇえ」
 金曜の夜の〈バイオレットフラクション〉は、いつわにも増して女性客で賑わい、黄色い歓声があちこちで飛び交う。
 俺はそんな空気の中、悠然とピンヒールでステージを闊歩すると、リズムに合わせてホットパンツのジッパーを下ろし、際どい姿で腰を振り、チップを回収して回って愛想を振り撒く。
 亮司さんとの関係は概ね良好で、今だって際どい箇所につけられたキスマークを誤魔化したファンデが取れてしまわないかヒヤヒヤしてたりする。
 お客さんにとって、俺がゲイかどうかなんて大きな問題じゃないかも知れないけど、少なくともワンチャンを匂わせるくらい手が届きそうで届かない位置は守りたい。
 まあ、キャストにバレてる時点で、常連客は俺がゲイだと分かっていても通ってくれてるのかも知れないけれど。
「ジル、お疲れ。やっぱりお前が居ると盛り上がりが違うな」
「そんなことないだろ。奥でめっちゃユーリの名前絶叫してるお客さん居たじゃん」
「ああ、最近の名物な」
 ステージが終わって、楽屋でメイクを落としながらくだらないやり取りをしていると、廊下からドタバタ足音を立ててバーテンダーのセッティが駆け込んで来た。
「なんだよセッティ。慌ててどしたの」
 入り口の一番近くでメイクを落としていたカイザーが顔を上げると、セッティはビックニュースだよと大きな声を出した。
「なんかさ、うちの店、買収されるって‼︎」
「え、なにそれ」
「どういうことだよ」
 息を切らして俯くセッティに、みんなが椅子から立ち上がって周りを囲い込む。
「いや、今日ラストまで居たお客さんがさ、オーナーと交渉して、ここは今年いっぱいの営業になるだろうって。結構自慢げに」
 息を切らしたセッティは、それを聞いてしまったので、クローズ作業もそこそこに、この話をみんなに伝えるために飛んできた様子だ。
「は? なんだよ今年いっぱいって」
「マジかよ、今もう十一月だぜ?」
「その人もう帰ったのか」
 一気に詰め寄られて、俺も分かんないよとセッティは壁に手をついてへたり込んだ。
「セッティ、それ本当のことなのか」
 周りがざわつく中、俺はしゃがみ込んだセッティの肩を掴み、相手のブラフじゃないのかと確認する。
 そもそも、もしそれが本当のことだとして、そんな大事な話を俺は亮司さんから聞かされていない。
 それ以前に、舞花が大事に守ってきたこの店を、亮司さんが簡単に売却なんてするだろうか。
「分かんないけど、居抜きで別のショーパブにするって楽しげに話してた。それは聞き間違いじゃない」
「……それだけじゃ、そいつの妄言ってのも充分あり得そうだな」
 亮司さんはこのところ本業が忙しくて店に顔を出さないことが増え、店の経営や事務方の人事を、信頼が置ける人物だって言う、 登野坂とのさかさんに任せるようになった。
「トノさんに確認する?」
「今日、事務所に来てたけど」
 他のキャストたちが騒がしくなる中、もしもそれが事実だったら、亮司さんがそのことを俺に一言も話さなかったことに対してモヤモヤしてしまう。
 登野坂さんのことは事前に説明もあったけど、それ以上に大事な話だ。売却だなんて嘘だと思いたい。
「ダメだ。トノさん今日はもう帰ったらしい」
「え? じゃあ、さっきの変な客と商談とかはガチなワケ?」
「いやでも、いくらトノさんが任されてても、そんな話にオーナーがノータッチってあり得ないだろ」
 みんなが好き勝手に話をするのを横目に、俺は急いで帰り支度を整えると、亮司さんから渡された合鍵を握り締めて、彼の家に行く決意をする。
「お疲れ。お先」
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