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踊り子さんとオーナーと③
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店の営業が終わってバックヤードが賑やかになると、二人きりの静かな事務所にもその楽しげな声が聞こえてくる。
「このままじゃ話も聞けないんですけど」
「ああ、すまん」
バツが悪そうに回していた腕を離して身を引くと、亮司さんはそれでも俺を逃さないためなのか、腕を掴んで離してくれる様子がない。
「逃げたりしないんで、放してもらって大丈夫ですよ」
「本当に?」
「大丈夫ですから」
俺は亮司さんとは目を合わせずに掴まれた腕をほどくと、振り返ってソファーに戻って腰を下ろした。
しばらくそんな俺を、部屋の入り口の前に立ち止まったまま見つめていた亮司さんだったけど、俺が逃げ出さないと確信出来たのか、ソファーの方にようやく移動して来た。
「ジル、申し訳ない」
「なにがですか」
「大人気ないことをした」
「別に良いですよ。差別だとか騒ぐ気もないんで」
「キミにそんなことを言わせたいワケじゃないんだ。本当にすまない」
「……いえ、別に」
声のトーンから、さっきまでと違う雰囲気を感じ取って、俺は俺で冷静さを欠いていたことが恥ずかしくなる。
それから微妙な沈黙が続いて、亮司さんが俺に対して怒りでなく申し訳なさを感じているのは嫌というほど伝わって来た。
だけど会話もない嫌な空気が漂っていて、どうしたって手持ち無沙汰になる。
それを壊したのはやはり亮司さんの一言だった。
「すまない。ただの嫉妬なんだ」
「嫉妬?」
「キミは舞花を失って、俺を頼ってくれているのを肌で感じてた。さっきも言ったみたいに恋人だったんだろうと思ってたから、助けになれるならって思ってた」
「それがなんで嫉妬なんかになるんですか」
「悪いね、この気持ちをどう言えば良いのか言葉が見つからなくて」
「はあ、そうですか」
「俺はキミの力になりたかったんだと思う」
亮司さんはそう言って、すっかり緩くなったコーヒーを一気に飲み干した。
そんな様子を見て、俺はどう答えるべきか分からなくて、同じように冷めた甘ったるいコーヒーをゆっくりと飲む。
俺の力になりたかったというのは、やっぱり恋人を失った哀れな男という意味なんだろうか。だけど現実はそうじゃない。
もちろん喪失感はあるけど、俺と舞花はそういう仲じゃなかったんだから。
「コーヒーのおかわりは要る?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか」
亮司さんは立ち上がると、自分の分だけのコーヒーを入れて、相変わらずバツが悪そうな顔のままでソファーに座り、意を決したように話し始める。
「あのね、ジル」
「はい」
「さっきも言ったけど、俺はキミが舞花の恋人なんだと思ってた。墓参りなんかでも 出会したからね」
「それは本当に誤解です」
「うん。それに関しては実は当人から名乗りがあってね、別人だってことは分かってたんだ」
「そうなんですか」
「だけどね、舞花を慕って死を悼み、俺にも気遣いを見せるキミのことを、勝手に気に入ってたんだろうね」
「気に入る?」
「だから、キャストの子からキミがその、ゲイだって噂を聞いた時に、想像してたよりショックを受けてしまって」
悪い意味ではないんだろうけど、歯切れの悪い言い淀んだ亮司さんの姿に、なるほどそういうことかと、俺はようやく腑に落ちた。
「噂じゃないですよ、それは事実です」
「いや、キミがゲイだから嫌悪感があるとか、そういう話じゃないんだ」
「誤魔化さなくても良いですよ。言い繕ってもそういうのは生理的な問題だと思いますから」
「違うんだよ」
亮司さんは俺に発言をやめさせると、そういう意味じゃないと言葉を続ける。
「キミと街で会っただろう?」
「だからあれは酔っ払ってて」
「分かってる。酔って介抱されてただけなんだろうってことは」
「だったら」
「だけど噂を聞いた後だったし、あの姿を見た瞬間、身近に感じていたキミが一気に遠くに行ってしまった気がして」
「亮司さん……」
「分かってるんだよ。俺が勝手に嫉妬したんだ」
「嫉妬って」
「このままじゃ話も聞けないんですけど」
「ああ、すまん」
バツが悪そうに回していた腕を離して身を引くと、亮司さんはそれでも俺を逃さないためなのか、腕を掴んで離してくれる様子がない。
「逃げたりしないんで、放してもらって大丈夫ですよ」
「本当に?」
「大丈夫ですから」
俺は亮司さんとは目を合わせずに掴まれた腕をほどくと、振り返ってソファーに戻って腰を下ろした。
しばらくそんな俺を、部屋の入り口の前に立ち止まったまま見つめていた亮司さんだったけど、俺が逃げ出さないと確信出来たのか、ソファーの方にようやく移動して来た。
「ジル、申し訳ない」
「なにがですか」
「大人気ないことをした」
「別に良いですよ。差別だとか騒ぐ気もないんで」
「キミにそんなことを言わせたいワケじゃないんだ。本当にすまない」
「……いえ、別に」
声のトーンから、さっきまでと違う雰囲気を感じ取って、俺は俺で冷静さを欠いていたことが恥ずかしくなる。
それから微妙な沈黙が続いて、亮司さんが俺に対して怒りでなく申し訳なさを感じているのは嫌というほど伝わって来た。
だけど会話もない嫌な空気が漂っていて、どうしたって手持ち無沙汰になる。
それを壊したのはやはり亮司さんの一言だった。
「すまない。ただの嫉妬なんだ」
「嫉妬?」
「キミは舞花を失って、俺を頼ってくれているのを肌で感じてた。さっきも言ったみたいに恋人だったんだろうと思ってたから、助けになれるならって思ってた」
「それがなんで嫉妬なんかになるんですか」
「悪いね、この気持ちをどう言えば良いのか言葉が見つからなくて」
「はあ、そうですか」
「俺はキミの力になりたかったんだと思う」
亮司さんはそう言って、すっかり緩くなったコーヒーを一気に飲み干した。
そんな様子を見て、俺はどう答えるべきか分からなくて、同じように冷めた甘ったるいコーヒーをゆっくりと飲む。
俺の力になりたかったというのは、やっぱり恋人を失った哀れな男という意味なんだろうか。だけど現実はそうじゃない。
もちろん喪失感はあるけど、俺と舞花はそういう仲じゃなかったんだから。
「コーヒーのおかわりは要る?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか」
亮司さんは立ち上がると、自分の分だけのコーヒーを入れて、相変わらずバツが悪そうな顔のままでソファーに座り、意を決したように話し始める。
「あのね、ジル」
「はい」
「さっきも言ったけど、俺はキミが舞花の恋人なんだと思ってた。墓参りなんかでも 出会したからね」
「それは本当に誤解です」
「うん。それに関しては実は当人から名乗りがあってね、別人だってことは分かってたんだ」
「そうなんですか」
「だけどね、舞花を慕って死を悼み、俺にも気遣いを見せるキミのことを、勝手に気に入ってたんだろうね」
「気に入る?」
「だから、キャストの子からキミがその、ゲイだって噂を聞いた時に、想像してたよりショックを受けてしまって」
悪い意味ではないんだろうけど、歯切れの悪い言い淀んだ亮司さんの姿に、なるほどそういうことかと、俺はようやく腑に落ちた。
「噂じゃないですよ、それは事実です」
「いや、キミがゲイだから嫌悪感があるとか、そういう話じゃないんだ」
「誤魔化さなくても良いですよ。言い繕ってもそういうのは生理的な問題だと思いますから」
「違うんだよ」
亮司さんは俺に発言をやめさせると、そういう意味じゃないと言葉を続ける。
「キミと街で会っただろう?」
「だからあれは酔っ払ってて」
「分かってる。酔って介抱されてただけなんだろうってことは」
「だったら」
「だけど噂を聞いた後だったし、あの姿を見た瞬間、身近に感じていたキミが一気に遠くに行ってしまった気がして」
「亮司さん……」
「分かってるんだよ。俺が勝手に嫉妬したんだ」
「嫉妬って」
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