踊り子さんはその手で乱されたい。

藜-LAI-

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踊り子さんは触れさせない②

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 良くない連中と縁を切るのは大変だったけど、それよりも乾き切ってたスポンジが水を吸い込むみたいに、いまだ体感したことのないダンスの世界にのめり込むのに理由は必要なかった。
「ユウキ、次のレッスンの時間だけど」
「おう。ここの掃除は終わってるよ」
 同僚に声を掛けられて部屋を移動すると、いつも担当してるシニアクラスの生徒たちと雑談をする。
 今こんな風に人にダンスを教える自分を、幼い自分は想像出来ただろうか。
『なんだよ、センスあるじゃん』
 舞花は姉御肌って言葉がピッタリな女で、俺みたいなガキを何人も拾ってきてはダンスを教えて、真っ当な道に引き戻してくれる存在だった。
 だから感謝してもまだ足りない。これから先だって返すべき恩が腐るほどあったってのに、事故に巻き込まれて呆気なく手の届かない場所に旅立ってしまった。
「ユウキさん、なんか調子悪いです?」
「悪い。ちょっと別の仕事の件で考え事してた」
 不意に声を掛けられて、集中力が散漫してる自分に気合いを入れ直すと、それぞれに与えていた課題をチェックして、レッスンに心血を注ぐ。
 そして全てのレッスンを終えて、誰も居なくなったレッスンルームで〈バイオレットフラクション〉の振り付けを練習する。
 俺の場合は今のスタジオでダンスを教える前からあの店のステージに立ってるし、ここのオーナーは舞花の知り合いでもあるし、レッスンルームを使うことも了承を得てる。
 別のヤツがコンテストに向けて調整をする中、趣旨の違うダンスをすることに抵抗がなかった訳じゃない。
 だけど俺は〈バイオレットフラクション〉でストリッパーとしてダンスすることには誇りを持ってるし、表現において何が高尚で何が低俗だなんてナンセンスな感覚は持ち合わせてない。
 苦手意識がまだ強いポールダンスの練習をしていると、俺に指導をしてくれるミチが本業の仕事を終えてスタジオにやって来た。
「よう。お疲れさん」
「お疲れー。もうマジ、今日会議多くて疲れた」
「結局、今の仕事は辞めねえの?」
「なんかね、結局のところ世間体に屈しちゃったかな」
「ダンサーで食って行きたいって言っても、まあ現実的にはシビアな世界だもんな」
「そゆこと」
 ミチはストレッチしながら苦笑すると、俺の一連の流れを見て、気になった箇所を丁寧に指導して見直してくれる。
 そもそも〈バイオレットフラクション〉で踊ってる演目も、このミチが振り付けを全て考えてくれたものだ。
「そこはもう少し体を反らして、もっと弓形にしなやかさを出した方がいい。あ、でも頭は落とさないで」
「こう?」
「うん、いいね。あとはジャスミンからバナナスプリットのとこだけど」
 隣のポールで実演してくれるミチの振り付けを確認しつつ、それから三十分ほどは、俺の練習を見てもらうことになった。
 ミチは俺より五つくらい若いと思う。女の子だから、ちゃんとした年齢を確認したことはないけど、サバサバしてて確か自分から年齢を教えてくれた記憶がある。
 親父さんが地元で校長先生をやってるとかで、ポールダンスをしていることをよく思われていないと言ってたけど、何もミチは俺と違ってストリップショーをしてるワケじゃない。
 それでも親と軋轢があったり、息苦しさを感じながら、苦悩してダンスを続けてる。
 こういうストイックな奴がそばに居ると、切磋琢磨して前進できるから良い刺激を受けて俺も成長できるのでありがたい。
「ユウキ、今日店は?」
「いや、今日はオフ。じゃなきゃこの時間ここに居ないって」
「そりゃそうだ。でも残念。久々に見に行きたかったのに」
「店で踊るのは好きだけどダンス講師が本業だし、こっちが疎かになるのは本末転倒だからな」
「言えてる」
「俺のことは良いとして、ミチはガチのダブルワークだろ。いつまで続けるんだよ」
「ユウキには言ってなかったけど、三十までのラストチャンスだから今月末には渡米するの」
「マジか。応援するよ」
「ありがとね」
 色んな奴が色んなこと考えて、それだけ色んな人生がある。
 俺が何も考えてないワケじゃないけど、こうしてまだ明確な夢に向かってる奴を見ると眩しくて、自分を照らしてる淡い光を見失いそうになる時がある。
 俺はこれから先、一体どうして行きたいんだろうか。
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