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踊り子さんと新しいオーナー②
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「じゃあ、北村さん?」
「どうせ舞花のことも名前で呼んでたんだろ。今更なんだから、俺も名前で良いよ」
「じゃあ、 亮司さん?」
「聞くなよ。好きにしろ」
「分かった。じゃあ、適当に呼びますね」
三ヶ月前に不運にも事故に巻き込まれて亡くなった友人、〈バイオレットフラクション〉の前オーナー、北村舞花のことは、実感がないほど突然のことだった。
目の前に居るオーナーの亮司さんは舞花の兄で、舞花が大事にしてたこの店を潰さないように奔走し、今も俺たちの大切な場所としてここを残してくれた恩人でもある。
「すまない」
「ん? どうしたんですか」
すっかりコーヒーを飲むつもりでソファーに腰掛けると、少し気不味そうな顔をした亮司さんと目が合う。
「いや。舞花の話は辛いだろうと思ってね」
「あぁ、そういうことですか。大丈夫ですよ。なんて言えば良いのかな、賑やかなのが好きな奴だったから、しんみりし過ぎたら夢に出てきて殴られそうだし」
「フッ。確かにな」
亮司さんは思い出し笑いのような優しい笑顔で答えると、コーヒーメーカーで作り置きしてあったコーヒーを、二つのマグカップに注いでソファーの方に戻って来た。
「他の仕事もあるのに、本当にスタッフ雇わないんですか」
書類が積み上げられた亮司さんの事務机を見つめ、オーバーワークではないのかと、何気なく話題を切り替える。
舞花から聞いていたが、亮司さんと舞花の実家はそこそこ名の知れた食品加工会社を経営していて、その飲食店部門の子会社を亮司さんが任されているはずだ。
「そうだな。今のところはまだ大丈夫だから、この先どうしても大変なら考えるよ」
「その時はちゃんと言ってくださいね。俺も出来ることはするんで」
「キミが事務仕事をするのかい? 本業があるだろうに」
「舞花はもちろん、俺にとってもアイツらにとっても、この店は大事な場所なんで」
「……そうか」
亮司さんは口元を僅かに緩めて笑顔を作ると、まだ湯気の立つコーヒーをゆっくりと飲んで、不意に壁際に飾ってある花を見つめた。
キャストの誰かが持ち込んだんだろう、舞花が好きだったトルコキキョウを使った花束が花瓶に生けてある。
舞花と亮司さんがどんな兄妹関係だったのかは知らないけど、ふとした時に見せるこういう顔が似ている気がして、なにか悩み事があるんじゃないかと無粋な声を掛けたくなる。
「大丈夫、ですか」
「そんなに弱って見えるか」
「いやその、舞花が亡くなったなんて、なんだかまだ現実味がなくて。舞花から亮司さんの話はよく聞いてましたけど、多分仲が良い兄妹だったんだろうなって」
「どうだかな。昔から協調性がなくて自由気ままな舞花に、随分とうるさく当たって来た。この店のことにしても否定的で、こうして関わるまでなにも分かってやれてなかった」
めちゃくちゃ口煩い兄貴でさ。何度かそんな風に、舞花の口から亮司さんの話を聞いたことがあったのを思い出す。
目の前に居る亮司さんを見てると、そこまで堅物で融通が利かないなんて想像がつかないけど、きっと家族だからこその気安いやり取りなんだろう。
この店で踊ってる奴らなら、大抵が家族とそんなやり取りを辟易するほど繰り返している気がする。
「確かに、不安定な仕事ですからね」
「言い方が悪くて不快にさせると思うけど、水物じゃなくて、一般的に真っ当な仕事に就いて欲しかったんだよ。だから深く知ろうともしなかった」
「真っ当、ですか」
「嫌な気分だろ。何回言ったか分からないほど舞花に言ったよ。だけど俺はこの仕事を受け継いで、初めてアイツの見てた世界が見えた気がするんだ」
「舞花が見てた景色か。泥臭いのにキラキラしてると思いますけど、どうですか」
「ああ。俺は踊れないから特にね。本当に凄いと思うよ」
亮司さんはバツが悪そうに笑うと、もっと向き合ってやるべきだったなと独り言のように呟いた。
「どうせ舞花のことも名前で呼んでたんだろ。今更なんだから、俺も名前で良いよ」
「じゃあ、 亮司さん?」
「聞くなよ。好きにしろ」
「分かった。じゃあ、適当に呼びますね」
三ヶ月前に不運にも事故に巻き込まれて亡くなった友人、〈バイオレットフラクション〉の前オーナー、北村舞花のことは、実感がないほど突然のことだった。
目の前に居るオーナーの亮司さんは舞花の兄で、舞花が大事にしてたこの店を潰さないように奔走し、今も俺たちの大切な場所としてここを残してくれた恩人でもある。
「すまない」
「ん? どうしたんですか」
すっかりコーヒーを飲むつもりでソファーに腰掛けると、少し気不味そうな顔をした亮司さんと目が合う。
「いや。舞花の話は辛いだろうと思ってね」
「あぁ、そういうことですか。大丈夫ですよ。なんて言えば良いのかな、賑やかなのが好きな奴だったから、しんみりし過ぎたら夢に出てきて殴られそうだし」
「フッ。確かにな」
亮司さんは思い出し笑いのような優しい笑顔で答えると、コーヒーメーカーで作り置きしてあったコーヒーを、二つのマグカップに注いでソファーの方に戻って来た。
「他の仕事もあるのに、本当にスタッフ雇わないんですか」
書類が積み上げられた亮司さんの事務机を見つめ、オーバーワークではないのかと、何気なく話題を切り替える。
舞花から聞いていたが、亮司さんと舞花の実家はそこそこ名の知れた食品加工会社を経営していて、その飲食店部門の子会社を亮司さんが任されているはずだ。
「そうだな。今のところはまだ大丈夫だから、この先どうしても大変なら考えるよ」
「その時はちゃんと言ってくださいね。俺も出来ることはするんで」
「キミが事務仕事をするのかい? 本業があるだろうに」
「舞花はもちろん、俺にとってもアイツらにとっても、この店は大事な場所なんで」
「……そうか」
亮司さんは口元を僅かに緩めて笑顔を作ると、まだ湯気の立つコーヒーをゆっくりと飲んで、不意に壁際に飾ってある花を見つめた。
キャストの誰かが持ち込んだんだろう、舞花が好きだったトルコキキョウを使った花束が花瓶に生けてある。
舞花と亮司さんがどんな兄妹関係だったのかは知らないけど、ふとした時に見せるこういう顔が似ている気がして、なにか悩み事があるんじゃないかと無粋な声を掛けたくなる。
「大丈夫、ですか」
「そんなに弱って見えるか」
「いやその、舞花が亡くなったなんて、なんだかまだ現実味がなくて。舞花から亮司さんの話はよく聞いてましたけど、多分仲が良い兄妹だったんだろうなって」
「どうだかな。昔から協調性がなくて自由気ままな舞花に、随分とうるさく当たって来た。この店のことにしても否定的で、こうして関わるまでなにも分かってやれてなかった」
めちゃくちゃ口煩い兄貴でさ。何度かそんな風に、舞花の口から亮司さんの話を聞いたことがあったのを思い出す。
目の前に居る亮司さんを見てると、そこまで堅物で融通が利かないなんて想像がつかないけど、きっと家族だからこその気安いやり取りなんだろう。
この店で踊ってる奴らなら、大抵が家族とそんなやり取りを辟易するほど繰り返している気がする。
「確かに、不安定な仕事ですからね」
「言い方が悪くて不快にさせると思うけど、水物じゃなくて、一般的に真っ当な仕事に就いて欲しかったんだよ。だから深く知ろうともしなかった」
「真っ当、ですか」
「嫌な気分だろ。何回言ったか分からないほど舞花に言ったよ。だけど俺はこの仕事を受け継いで、初めてアイツの見てた世界が見えた気がするんだ」
「舞花が見てた景色か。泥臭いのにキラキラしてると思いますけど、どうですか」
「ああ。俺は踊れないから特にね。本当に凄いと思うよ」
亮司さんはバツが悪そうに笑うと、もっと向き合ってやるべきだったなと独り言のように呟いた。
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