踊り子さんはその手で乱されたい。

藜-LAI-

文字の大きさ
上 下
2 / 47

踊り子さんと新しいオーナー②

しおりを挟む
「じゃあ、北村さん?」
「どうせ舞花のことも名前で呼んでたんだろ。今更なんだから、俺も名前で良いよ」
「じゃあ、 亮司りょうじさん?」
「聞くなよ。好きにしろ」
「分かった。じゃあ、適当に呼びますね」
 三ヶ月前に不運にも事故に巻き込まれて亡くなった友人、〈バイオレットフラクション〉の前オーナー、北村舞花のことは、実感がないほど突然のことだった。
 目の前に居るオーナーの亮司さんは舞花の兄で、舞花が大事にしてたこの店を潰さないように奔走し、今も俺たちの大切な場所としてここを残してくれた恩人でもある。
「すまない」
「ん? どうしたんですか」
 すっかりコーヒーを飲むつもりでソファーに腰掛けると、少し気不味そうな顔をした亮司さんと目が合う。
「いや。舞花の話は辛いだろうと思ってね」
「あぁ、そういうことですか。大丈夫ですよ。なんて言えば良いのかな、賑やかなのが好きな奴だったから、しんみりし過ぎたら夢に出てきて殴られそうだし」
「フッ。確かにな」
 亮司さんは思い出し笑いのような優しい笑顔で答えると、コーヒーメーカーで作り置きしてあったコーヒーを、二つのマグカップに注いでソファーの方に戻って来た。
「他の仕事もあるのに、本当にスタッフ雇わないんですか」
 書類が積み上げられた亮司さんの事務机を見つめ、オーバーワークではないのかと、何気なく話題を切り替える。
 舞花から聞いていたが、亮司さんと舞花の実家はそこそこ名の知れた食品加工会社を経営していて、その飲食店部門の子会社を亮司さんが任されているはずだ。
「そうだな。今のところはまだ大丈夫だから、この先どうしても大変なら考えるよ」
「その時はちゃんと言ってくださいね。俺も出来ることはするんで」
「キミが事務仕事をするのかい? 本業があるだろうに」
「舞花はもちろん、俺にとってもアイツらにとっても、この店は大事な場所なんで」
「……そうか」
 亮司さんは口元を僅かに緩めて笑顔を作ると、まだ湯気の立つコーヒーをゆっくりと飲んで、不意に壁際に飾ってある花を見つめた。
 キャストの誰かが持ち込んだんだろう、舞花が好きだったトルコキキョウを使った花束が花瓶に生けてある。
 舞花と亮司さんがどんな兄妹関係だったのかは知らないけど、ふとした時に見せるこういう顔が似ている気がして、なにか悩み事があるんじゃないかと無粋な声を掛けたくなる。
「大丈夫、ですか」
「そんなに弱って見えるか」
「いやその、舞花が亡くなったなんて、なんだかまだ現実味がなくて。舞花から亮司さんの話はよく聞いてましたけど、多分仲が良い兄妹だったんだろうなって」
「どうだかな。昔から協調性がなくて自由気ままな舞花に、随分とうるさく当たって来た。この店のことにしても否定的で、こうして関わるまでなにも分かってやれてなかった」
 めちゃくちゃ口煩い兄貴でさ。何度かそんな風に、舞花の口から亮司さんの話を聞いたことがあったのを思い出す。
 目の前に居る亮司さんを見てると、そこまで堅物で融通が利かないなんて想像がつかないけど、きっと家族だからこその気安いやり取りなんだろう。
 この店で踊ってる奴らなら、大抵が家族とそんなやり取りを辟易するほど繰り返している気がする。
「確かに、不安定な仕事ですからね」
「言い方が悪くて不快にさせると思うけど、水物じゃなくて、一般的に真っ当な仕事に就いて欲しかったんだよ。だから深く知ろうともしなかった」
「真っ当、ですか」
「嫌な気分だろ。何回言ったか分からないほど舞花に言ったよ。だけど俺はこの仕事を受け継いで、初めてアイツの見てた世界が見えた気がするんだ」
「舞花が見てた景色か。泥臭いのにキラキラしてると思いますけど、どうですか」
「ああ。俺は踊れないから特にね。本当に凄いと思うよ」
 亮司さんはバツが悪そうに笑うと、もっと向き合ってやるべきだったなと独り言のように呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

処理中です...