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一目千両とその夫③
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勢いよく湯船から立ち上がって風呂場を出ると、ビャクが用意してくれたのか、体を拭いてから着替えに袖を通し、ほかほかして体で部屋に向かう。
ビャクは布団や敷布を取り替えたらしく、今夜は冷えるからと毛布まで用意しているようだ。
「寝酒は飲むか」
「じゃあ少し飲もうかな」
「ならヴィネージュのカラック酒にするか」
「ああ、ぐっすり眠れそうだな」
ビャクに促されてほかほかした体のまま寝台に潜り込み、布団に包まって支度が整うのを待つと、先に上がったビャクは火鉢に火を起こしておいたらしく部屋の中もじんわり暖かい。
「薄めたりしてないからな。喉が焼かれるように熱いだろうから、少しずつ飲めよシグレ」
「これでも造り酒屋の息子だぜ? 酒の飲み方は心得てるよ」
寝台の上の布団にビャクを迎え入れると、並んで布団に包まって、喉に馴染ませるように少しずつカラック酒を呷る。
そしてたわいない話で、明日からどうしていくかだとか、いつものようにくだらないやり取りをしていると、先に酒を飲み終えたビャクが寝台の脇にグラスを置いた。
「シグレ」
「ん?」
「ヴィネージュには古くからしきたりがあってな」
「しきたり?」
「添い遂げる相手に、自分か、あるいは家で代々守ってきたものを相手に与えるというものだ」
「へえ。それがどうしたんだよ」
「俺が若かった頃、褒賞としてもらったものだが、これをシグレに捧げたい」
ビャクは答えると、ビャクの瞳の色をした宝石に紋章が刻まれた、変わった意匠の指輪をシグレの指に当てがって、ちょうど良さそうな指にそれをはめさせた。
「なんだよこれ。貴重なものじゃないのか」
「だからこそだ。俺はシグレと一生添い遂げたい」
「六千万ゼラだもんな」
「それはあくまで切っ掛けだ」
「ビャクの気持ちは分かったよ。ありがとう。でも俺がお前に渡せるものか……ちょっと待ってろ」
そう言うとシグレは寝台から抜け出して、箪笥を開けてゴソゴソと探し物を始める。
「別に今すぐじゃなくても構わんぞ」
「あった。これこれ」
シグレはすぐにも震え始めた体を掻き抱きながら、小走りで寝台に戻ると、当たり前のようにビャクの腕の中に潜り込み、ついでに頬にキスをしてから頬を擦り寄せる。
「なにを探してたんだ」
「爺さんの煙管だよ。小さい頃からこれで煙草を吸ってる姿に憧れてさ。形見分けで貰ったんだけど、お前に使って欲しい」
「そんな貴重なもの、本当に良いのか」
「指輪みたいに身につけられる装飾品は持ってないからさ。お前、煙草吸うし。使い込んだ方が爺さんも喜ぶ」
「そうか。なら遠慮なく使わせてもらう」
「そうしてくれ」
ニッと微笑んでビャクを見つめると、そろそろ眠たくなってきたとシグレはあくびを噛み殺し、少し体温の高いビャクに抱き付いて暖をとる。
「なあシグレ」
「ん? どした」
「俺を愛してるか、シグレ」
ビャクは揶揄うそぶりもなく、至って真面目な、けれど少し寂しそうな顔でシグレを見つめている。
「……そう言うの苦手だって知ってるだろ」
「そうか。言えんか」
小さく鼻を鳴らしてビャクは諦めたように目を閉じると、無理強いするものではないからなと溜め息のように呟いて天井を仰ぐ。
いつもなら、揶揄いながら長いこと絡まれるはずが、まさかこんな反応が返ってくるとは思わずに、シグレは焦燥感に駆られた。
「い、一回しか言わねえからな」
「無理をしなくても良いんだシグレ」
「無理じゃねえよ。俺、お前がいない人生は考えたくない。禁呪の件があって、今は仕方なくヤスナに居るんだろうけど、いつか俺を置いて居なくなっちまいそうで本当は怖い」
「シグレ」
「だけどそれを言って、その言葉が自由なはずのお前の足枷になるのも嫌で、自分の気持ちを伝えるのも出来ない」
「そうか。そんなに思われてるとは思ってなかった」
「揶揄うなよ。結構本気で悩んでるんだぞ、これでも」
「分かってるよ」
「足枷になると分かってても言わせてくれ。ビャク、俺はお前が好きだ。愛、してる……」
最後は表情を見られるのが嫌で、シグレはビャクの首筋に顔を埋めて消え入るような声で呟いた。
さすがのビャクも、この時ばかりはシグレを揶揄うようなことは言わず、ただ静かにシグレを愛しげに抱き締めて、優しく背中を撫でてそうかと短く答えた。
これから先がどうなるかなんて、ビャクにもシグレにも分からない。
けれど二人で手を取り合って前を向いて進むことをやめなければ、きっと二人だけが辿り着く場所はあるのだろう。
尊大な態度の一目千両と呼ばれる美丈夫に一泡吹かせるはずが、五倍の金額を納めたら、純潔をうばわれるどころか、身請けする羽目になってしまった。
人生なにが起こるか分からないと思いながらも、シグレはビャクの細くても逞しい腕の中に居るのが心地よくて堪らない。
こんな夜がずっと続くようにと、小さく祈って、愛しいビャクの腕の中で小さな寝息を立てて眠りについたシグレだった。
【完】
ビャクは布団や敷布を取り替えたらしく、今夜は冷えるからと毛布まで用意しているようだ。
「寝酒は飲むか」
「じゃあ少し飲もうかな」
「ならヴィネージュのカラック酒にするか」
「ああ、ぐっすり眠れそうだな」
ビャクに促されてほかほかした体のまま寝台に潜り込み、布団に包まって支度が整うのを待つと、先に上がったビャクは火鉢に火を起こしておいたらしく部屋の中もじんわり暖かい。
「薄めたりしてないからな。喉が焼かれるように熱いだろうから、少しずつ飲めよシグレ」
「これでも造り酒屋の息子だぜ? 酒の飲み方は心得てるよ」
寝台の上の布団にビャクを迎え入れると、並んで布団に包まって、喉に馴染ませるように少しずつカラック酒を呷る。
そしてたわいない話で、明日からどうしていくかだとか、いつものようにくだらないやり取りをしていると、先に酒を飲み終えたビャクが寝台の脇にグラスを置いた。
「シグレ」
「ん?」
「ヴィネージュには古くからしきたりがあってな」
「しきたり?」
「添い遂げる相手に、自分か、あるいは家で代々守ってきたものを相手に与えるというものだ」
「へえ。それがどうしたんだよ」
「俺が若かった頃、褒賞としてもらったものだが、これをシグレに捧げたい」
ビャクは答えると、ビャクの瞳の色をした宝石に紋章が刻まれた、変わった意匠の指輪をシグレの指に当てがって、ちょうど良さそうな指にそれをはめさせた。
「なんだよこれ。貴重なものじゃないのか」
「だからこそだ。俺はシグレと一生添い遂げたい」
「六千万ゼラだもんな」
「それはあくまで切っ掛けだ」
「ビャクの気持ちは分かったよ。ありがとう。でも俺がお前に渡せるものか……ちょっと待ってろ」
そう言うとシグレは寝台から抜け出して、箪笥を開けてゴソゴソと探し物を始める。
「別に今すぐじゃなくても構わんぞ」
「あった。これこれ」
シグレはすぐにも震え始めた体を掻き抱きながら、小走りで寝台に戻ると、当たり前のようにビャクの腕の中に潜り込み、ついでに頬にキスをしてから頬を擦り寄せる。
「なにを探してたんだ」
「爺さんの煙管だよ。小さい頃からこれで煙草を吸ってる姿に憧れてさ。形見分けで貰ったんだけど、お前に使って欲しい」
「そんな貴重なもの、本当に良いのか」
「指輪みたいに身につけられる装飾品は持ってないからさ。お前、煙草吸うし。使い込んだ方が爺さんも喜ぶ」
「そうか。なら遠慮なく使わせてもらう」
「そうしてくれ」
ニッと微笑んでビャクを見つめると、そろそろ眠たくなってきたとシグレはあくびを噛み殺し、少し体温の高いビャクに抱き付いて暖をとる。
「なあシグレ」
「ん? どした」
「俺を愛してるか、シグレ」
ビャクは揶揄うそぶりもなく、至って真面目な、けれど少し寂しそうな顔でシグレを見つめている。
「……そう言うの苦手だって知ってるだろ」
「そうか。言えんか」
小さく鼻を鳴らしてビャクは諦めたように目を閉じると、無理強いするものではないからなと溜め息のように呟いて天井を仰ぐ。
いつもなら、揶揄いながら長いこと絡まれるはずが、まさかこんな反応が返ってくるとは思わずに、シグレは焦燥感に駆られた。
「い、一回しか言わねえからな」
「無理をしなくても良いんだシグレ」
「無理じゃねえよ。俺、お前がいない人生は考えたくない。禁呪の件があって、今は仕方なくヤスナに居るんだろうけど、いつか俺を置いて居なくなっちまいそうで本当は怖い」
「シグレ」
「だけどそれを言って、その言葉が自由なはずのお前の足枷になるのも嫌で、自分の気持ちを伝えるのも出来ない」
「そうか。そんなに思われてるとは思ってなかった」
「揶揄うなよ。結構本気で悩んでるんだぞ、これでも」
「分かってるよ」
「足枷になると分かってても言わせてくれ。ビャク、俺はお前が好きだ。愛、してる……」
最後は表情を見られるのが嫌で、シグレはビャクの首筋に顔を埋めて消え入るような声で呟いた。
さすがのビャクも、この時ばかりはシグレを揶揄うようなことは言わず、ただ静かにシグレを愛しげに抱き締めて、優しく背中を撫でてそうかと短く答えた。
これから先がどうなるかなんて、ビャクにもシグレにも分からない。
けれど二人で手を取り合って前を向いて進むことをやめなければ、きっと二人だけが辿り着く場所はあるのだろう。
尊大な態度の一目千両と呼ばれる美丈夫に一泡吹かせるはずが、五倍の金額を納めたら、純潔をうばわれるどころか、身請けする羽目になってしまった。
人生なにが起こるか分からないと思いながらも、シグレはビャクの細くても逞しい腕の中に居るのが心地よくて堪らない。
こんな夜がずっと続くようにと、小さく祈って、愛しいビャクの腕の中で小さな寝息を立てて眠りについたシグレだった。
【完】
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